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昨日私が夜家に帰ってきた早々、うちの次男が「オレ、悪くないのに先生に怒られた」という話をしてきました。
 
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photo credit: snaps via photopin cc

 

話を聞いた側は「事実」を探りたくなってしまうようで、その結果に辿り着いたいきさつとか、何が悪かったのか、怒られてどう思ったのか、など色々と聞いてしまいました。

 

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いろいろと考えて今日やっと気づいたことは、なんで私自身色々聞きたがったのかと言えば、信じたくないんだけど我が子への疑いの表れなのだろうなー、、、ということです。

 

人によって見方や感じ方、視点が違います。だからいきさつを聞いたところで本当に起こった事実に辿りつくことは難しいと思います。人はみんな、自分の持っている正しい視点で、自分の思っている正しいことを基準にして、正しく行動しています。私の息子も、学校の先生も、みんな間違っていなくって、正しいんだと思います。

 

だから、人から聞いた話で自分の視点で事実を探るのは不可能だし、無意味な気がしてきました。

 

 

そう考えると、先生に怒られて納得がいかないと言った我が子を、その瞬間にどうして無条件に肯定することができなかったのか?というのが悔やまれるし反省しなければならない点であると思ったのです。

 

「お前は正しい。だけど、先生には先生の正しい視点がある。俺はお前の正しい視点をいつも信じてる。」

 

子どもが親に、自らの内側から湧き出た疑問を投げかけるタイミングに立ち会えることはそうそうないかもしれない。しかも、子どもにわき起こった感情が熱を帯びているその瞬間に、大切なことを伝えられなければ、伝えたいことは伝わりません。

 

我が子の心情を理解しようと努め、常に無条件で信頼していること。

それって今の私にとっては難しいことなんですが、最高の子育てなのではないかと思った34歳9月の夜。

 

あなたの人生の文字盤が見つかることを願っています。
それでは!
 

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