「個性の時代」と叫ばれる現代で、自分の子どもの個性が見つけられず将来を不安に感じているお母さんに朗報です。
間違いなく、その子はその子にしかない個性を持っています。
それでは解説していきます。
モノをつくらせれば子どもは個性の塊だとわかる
大野が運営しているロボットプログラミング教室では、1日目はテキストを見て基本製作をし、2日目は自分で考えて自由に改造をする時間を設けています。
改造を見ていて面白いのは、それぞれの『個性』がでてくるところです。
●とにかく速く走るロボットにしたい!
●トラクターみたいな形にしたい!
●立たせて動かしたい!
●激突しても負けない強いロボットにしたい!
●何とか狙った動きを実現させたい!
●思うままに組み合わせていったら一体どんな動きになるんだろう?
と、子どもによってイメージは様々です。
目的があっても、途中でまた違うことをひらめいてやってみたり、思うがままに組み立てていったら想像もしなかった動きを実現してしまったなんて場合もあります。
その自由な発想と行動の中に個性はあって、で、「自分はこうかもしれない」「やってみたけどこれは違った」「自分はこういうのが好きなんだ」と気づいていき、自分の特徴や個性を発掘していくものです。
人間にあるのは個性のみ
田坂広志さんの「人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」 (光文社新書)」という本が好きなのですが、そこに「発酵と腐敗」について面白いことが書いてありました。確かこんな感じでした。
発酵と腐敗は仕組みは同じ。どうやって分けているかというと「人間にとって害がなく有益であるものは発酵、逆に不利益なものが腐敗である」ということ。客観的ではなく人間の視点で主観的に決めていて、科学的ではない。
それと同じで、例えばテキパキと動くAさんという人がいたとして、一人は「あの人は仕事が早くて助かる」と言い、もう一人は「あの人はせわしなくて一緒にいると心が休まらない」と言ったりする。
結局は良し悪しや評価なんて発酵と腐敗と一緒で、置かれている立場や環境によって極めて主観的に決められるもの。そう考えるとあるのは『個性』のみだ。
というような話でした。
子どもの良し悪しや優劣を判断しようとする目が、子どもから個性を奪っているということです。
本当は子どもは(というか全人類は)個性の塊でしかない。
「発酵と腐敗」の話が、子どもの個性を見つけやすくしてくれます。
まとめ
その個性を見つけて、成長できるように導くのが大人の仕事です。
なのに、大人が自分の価値観だけで子どもの行いを判断していたら、個性なんて見つかるわけないし、子どもの成長を妨げてしまいます。
まずは「子どもの行いに良し悪しや優劣はなく目の前にあるのは個性だけ」と受け入れていきましょう。
そうしたら、自分自身がどこかに置いてきてしまった個性も見つかるかもしれませんね。
それではー!
ウチの子には目立った特徴もないし、何をやっても平均的。周りの子と比べると将来が不安になってきちゃう…この子の個性、見つけてあげたいけどどうしたらいいんだろう。