情熱的な人の活動は、たくさんの人を惹きつける引力を持っています。
そして、自分自身が何かに対して情熱的であることは、そこに向かっていくためのエネルギーと持久力と瞬発力があるということ。
では、そんな素晴らしいパワーを持っている情熱とはどこからやってくるのでしょうか?
情熱というと、喜びとかワクワクとか楽しみのようなポジティブなイメージを持ちますが実は違うんですよ。
情熱(パッション)と天職
以下は「本当の仕事 自分に嘘をつかない生き方・働き方」に書いてあった言葉です。
英語で「情熱」のことを「パッション(passion)」と言いますが、実はこの言葉、もともとの意味をたどっていくと、その語源はラテン語で「苦しみ」を意味する言葉なのです。
- 作者:榎本 英剛
- 出版社:日本能率協会マネジメントセンター
- 発売日: 2014-12-19
心の奥底から湧いてくるような「これがやりたい」という気持ちを、著者の榎本さんは「純粋意欲」と呼んでいます。
で、その純粋意欲は日々感じる「これがやりたい」という想いに(無意識に)フタをしてしまっていると、自分の純粋な気持ちに従って生きていないと、どんどん見えなくなっていくもの。
「楽しい」とか「ワクワクする」というような気持ちが純粋意欲として発見されることももちろんあるのですが、天職に行き着いた人って実は、苦しみや悲しみがきっかけだった人の方が多いそうなんです。
苦しみを感じ、自分自身でそれを乗り越え・癒そうとした経験が、自分と同じように苦しむ誰かを癒す「情熱(パッション)」の源になるということであり、それも純粋意欲になり得るということです。
苦しみにあえて飛び込め!
人間、苦しみはできるだけ経験したくないものでしょう。ぼくなら目の前に現れそうになったら、目をそらして逃げるでしょう笑。
でも、「情熱は苦しみから生まれるものである」とすれば、辛くて苦しい経験は、人生において重要な意味を帯びてきます。
もしかしたら、その経験の中から「本当の仕事」が生まれてくるかもしれないのです。
苦労は買ってでもしろ!とよく言いますが、昔の人はよく言ったものですわ。苦労といった苦労をしてこなかった人というのは、ある意味不幸なのかもしれません。
まとめ
本当の仕事を見つけるために、純粋に楽しいとかワクワクするような、湧きあがる純粋意欲を一つ一つ拾い上げることはとても大切なことですが、それと同じくらい今までの「苦しみ」にフォーカスするのも重要であるということです。
ぼくは残念ながら苦しみが足りません。
そりゃ普通の人間なので悩むこともたまにありますが、それでもおしなべて平穏で平和な人生をこれまで歩んできました。でも、だからこそぼくにしかわからない苦しみがそこにあるのかもしれませんね。
もし楽しみやワクワクの中に、これだ!と感じる「本当の仕事」が見つからないのであれば、今までの「苦しみ」にフォーカスして、どのように自分を癒したのかを思い出してみるのもいいかもしれません。
それではー!