「名前のない感情に、いちいち居場所をつくってやることの意味」

 
人に言えないような感情とか、1人で抱え込んでしまう気持ちって、時々現れませんか?
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それは悶々としているうちに日々の忙しさや一時のストレス解消作業で消滅したような気になったりもしますが、実は火種のように心の奥底でずっとくすぶります。そして居場所を失った感情は、知らず知らずの内に自分の心をむしばんでいくのだ。

 

 

居場所がなくなっていくシーン

 
例えば人間関係。
自分を押し殺して相手に合わせて付き合っているのが辛いんだけど、周囲の誰かに言えば仲間はずれにされてしまうかもしれないという恐れから、誰にも言えずに1人で抱え込んでいるような状況の場合。

 

例えば仕事。
会社が決定したことに納得がいかなくて、「もっとこうやったほうがいい」と思っているんだけど、そんなこと口にしたら面倒なヤツだと思われて今の状況や待遇を奪われるかもしれないという恐れから、「仕方がない」という合言葉を使ってやらされ仕事を黙ってこなす場合。

 

 

この時の感情には居場所はなく、行き場を失っています。
間違いなく自分の中から生まれた感情なのに、その感情が悪いモノ邪魔なモノであるかのように、抑えこんだり気を紛らわしたりしてなかったことにしようと必死になります。

 

 

感情の居場所がなくなると自分がなくなっていく

 
だんだん、「こんな感情を抱いてしまっている自分自身が問題なのではないか」とも思うようになる。横並び社会の中で、皆と違うことを言ったりしたりする人間には、何か問題がある、と。

 

大なり小なりあると思いますが、自分の中から芽生えた感情を見て見ぬフリをしていると、自分自身の存在意義を傷つけ自分を失って生きていくことが当たり前になっていくんじゃないかと思うんです。

 

次第に、自分という存在の居場所がだんだん狭くなっていく感覚。

 

 

名前のない感情に、いちいち居場所をつくってやる

 
ぼくは、今その瞬間しか感じられない気持ちはとても意味深いものだと思います。それを感じた自分はかけがえのない世界にたった1人の自分なんだから、芽生えたものはどんなものでも受け止めて大事にしなければいけない、というくらいの責任を今は感じるくらい。

 

だから、たとえ「世間というヤツ」からどんなに白い目で見られる恐れがあっても、誰かが引くような、どんなに気持ち悪い感情でも、その瞬間の感情を言葉で表現するクセをつけたほうがいい。

 

自分のことを何でも受け止めてくれる相手がいるのがベストですよね。整理のつかないぐちゃぐちゃな気持ちでも、しゃべっているうちに不思議と整理され、心も落ち着いてきます。

 

だけど誰にも話せないから困っている場合が大半です。
そんなときは今の感情を文字にしてこの世界に表現し、居場所をつくってやるという方法が超有効です。

 

イライラしたのであれば「〇〇にイライラした」と、深く考えずに書き留める。仕事や人間関係でうまくいかなかったり納得がいかなかったら、「〇〇について、自分はこうしたかった」など、何でもいいのです。

 

 

まとめ

 
重要なのは芽生えた感情を大事な自分の一部と受け止めて、どんな形でもいいからこの世に表現し、客観的に見つめるということ。とにかく流れをつくって常に動かし続けたほうがいい。気持ちを停滞させれば、濁って捨てるしかなくなります。

 

 

そして、書いていて気づいたのは、自分は相手の存在をありのまま受け止められる、どんな人のどんな気持ちでも受け止められるような人間になりたいということ。外見や偏見ではなく、その存在を見つめられる人は素敵だなと思いました。

 

それではー!

 

<2015/10/26追記>
とても嬉しいコメントをいただきましたー!
 

 

先ほどテレビで黒い感情が湧き起こったときの対処法として、鏡に映っている自分自身に「イライラしたんだね。大丈夫だよ。」みたいな言葉を掛けてあげるというのが紹介されていました。
 
これってなんか恥ずかしいでしょ、、、みたいな感じで笑っちゃったのですが、れっきとした心理療法の1つなんだそうです。「その感情は自分の一部である」と認識し、自分自身を受け止めることがやはり大事であると。
 
芽生えた感情は、どんなものでも自分の一部。
良いとか悪いとかはとりあえず置いといて、一旦受け止めてみよう。

 

ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ YouTubeチャンネル『シンプリィライフ』では、本を参考にしながら無意識の思い込みから自由になる方法をアニメーションで解説しています。本業は古本買取サービス「バリューブックス」のSEOマーケティング担当。