「世界から猫が消えたなら」という本を知っているだろうか?
最近、佐藤健が主演で映画化されたアレだ。
映画の公式サイトはこちら。
映画『世界から猫が消えたなら』公式サイト
最近「人の目を気にしすぎて疲れてしまう…」という方に何人か遭遇した。
自分もかなりな八方美人で疲れていた時期があり他人事でなかったので、どうして苦しくなってしまうのだろうかと考えを巡らせていたらこの本を思い出した。
なぜ他人の目を気にしすぎるのか?
特に女性に、他人の目を気にしすぎてしまう人が多いかもしれない。
例えば、
・子どもの友達が家に遊びに来ると言えば部屋の中を非日常的なレベルにまで綺麗に掃除をしなければ気が済まない人
・子どもがやっているバスケット部でレギュラーではない子のお母さんに異様に気を使って子どもをほめてしまう人
・仕事を始めると手が抜けず疲れ果てるまでとことんやってしまい家事まで手が回らなくなる人
などなど、様々。
そして、がんばりすぎて疲れ果ててしまうようなのだ。
どうしてそうなってしまうのか?と話を聞いた人から感じたことと話していた事実を踏まえて考えてみた。
人の目を気にしすぎてがんばってしまう人はおそらく、物事をよく考えられる人であり、とても献身的で、細かいところに気づいてしまって、その上自分を犠牲にしてでも他者のために頑張ってしまう人なんじゃないかなぁと。
「そんなに疲れるまでがんばらなくてもいいのに…」と言いたいところだが、そんなことを言ったってそうできないから困ってるんだよなぁとか、思考はぐるぐるしてしまう。
この世に無駄なものなんてない
で、「世界から猫が消えたなら (小学館文庫)」の話を思い出した。
「何かをこの世から1つ消す代わりに、命を1日延ばしてやる」
という悪魔のささやきに乗ってしまったら、この世からモノが次々と失われていった。
さほど大したことではないかのように思えるけれど、そのモノによってつながっていた人や思い出も、すべて一緒に消えてゆくのだ。
日常にありふれた何気ないモノ。
なくても生きていける、命の方が大事だと思うっているモノ。
「本当にそうなの?」と、読んだあなたに深い問いを投げかける本だと思った。
あなたがいない世界から失われるモノ
では、あなたがこの世界から失われたらどうなるだろう?
あなたがこの世に生まれた時、笑顔になった家族がいた。
あなたの実力が認められて中学の部活のキャプテンになった時、助けられた後輩がいた。
あなたと友達になって救われた人だっている。
あなたのその明るさに癒された人もいるはずだ。
あなたが命をかけて産んだ子どもはこのろくでもない素晴らしき世界に命を与えられて良かったのだ。
あなたと出会っていなかったら今ごろどこを彷徨っていたかわからない男だっているはずなのだ。
こんな風に、過去の自分の人生に点在している「事実」を思い出し、映像を思い浮かべたりすることを、日々他人の目を気にして疲れ果ててしまう人にやってみてほしい、と思う。
別に無理する必要なんてなくて、自分を飾って見せる必要もない。
あなたがいないだけで世界はどこかがおかしくなる。
いやむしろ、あなたがいるから今日も世界は正しく回っているのだと思う。
だから、そのままの自分で、やりたいと思ったことを一生懸命やって、やりたくないと思ったことからは逃げたってよくて、そうやって毎日、「いま」を生きればいいんじゃないか。
部屋が綺麗なことに越したことはないし、人に気を使える方が相手は気持ちがいいし、仕事は頑張った分だけその先に待っている人たちが喜ぶ。
でも、自分をすり減らすまで、疲れ果ててどうにかなってしまうまでやる必要もないんじゃないか。
適度に、自分の信条を曲げないレベルで、疲れ果てないくらいに。
ぼくもあなたも、生きてるだけで十分すごいんです。
まとめ:生きてるだけでまるもうけ
「生きてるだけでまるもうけだ!」って、明石家さんまさんが、娘につけた「いまる」って名前を思い出しました。
それではー!