形だけで中身がからっぽの仮面夫婦よりも、ケンカばかりしているウチの夫婦のほうがまだマシな理由。

 
この前また嫁さんと壮絶なケンカをしました。そんなとき、ぼくは大抵その場にいれなくなって1人で逃げ出すんです。そうすると、ケンカはさらに激化していき、深刻さを増していきます笑。
 
連休になるとうまくいかないような気もするし、お互いイヤなことがあったりするとぶつかりあっているような気もするし、日に日にその周期は短くなっていくような気もすれば、その衝撃も大きくなっていくような気がして恐ろしい。
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これを、パートナーとして成熟していくための試練と捉えて幸せを感じるか、目の前の感情に流されて不幸と感じるかは、とても大きな人生の分岐点であると最近強く感じます。
 
衝撃的な出来事によって、感情的になる自分を感じてはじめて、自分の感情をコントロールする方法や工夫を考えはじめ、譲れないもの、大切なもの、そのために手放してもいいものが分かってくる。
 
感じたことをまとめてみます。

 

 

夫婦とは何なのか?

 
たいていは、お互いがお互いを好きになって、一緒に暮らしたくなって夫婦になります。
 
日本社会のシステムに組み込まれなければ世間の目が冷たく刺さるから、結婚をする。みんなと同じように結婚することで幸せになれるんだと刷り込まれてきたから、何の迷いもなく結婚に向かいます。
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でも本当は、形にこだわる必要はまったくなくて、大事なのはその中身です。形をつくると、その形をなるべく壊したくないと思ってしまうのが人間なのです。
 
結婚というシステムが良くできていると思うのは、みんなその中身が空っぽになってしまっていても、形だけを守り継続しようと必死になるところです。良くできているが故に、気づいたときには大きな苦しみから抜け出せないという状況を生みだします。
 
夫婦とは人生のパートナーであると思いますが、お互い未熟な状態で一緒になると、お互いの育ってきた背景を受け入れることができずにすれ違いでぶつかりあいます。本物のパートナーとなるために、乗り越えなければならない高い山と長い道のりがあるのです。

 

 

未熟な夫婦が目指したい場所

 
未熟な夫婦は、結婚とか夫婦というものと真剣に向き合うこともなく、何の迷いもなくそのシステムの中に入っていきます。若いって素晴らしい笑。そして、未熟な夫婦は感情的になり、自分のことを分かってもらえないもどかしさをぶつけあいます。
 
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状況が良いときも悪いときもあるし、気持ちが穏やかな時も荒波が立っているときもある。お互いそれを知っているはずなのに、悪いときに自分の中にある黒いモヤモヤを一番近くの大切な人にぶつけあうのです。
 
そして、お互いの悪いときが重なったとき、最悪の事態を招きます。

 

常に自然体で、感情に左右されずにコントロールできる自分をつくることが最も大事なことなのですが、近ければ近いほど自分を分かってもらいたい、分かってもらえるはずという気持ちが強くなり、試練が訪れるのです。
 
いつも思うのは、お互いのやりたいことややるべきことには干渉せず、2人が一緒になった目的を取り戻し、そこに向かうためにぶつかり、共通の想いを育てながら一緒に暮らすことで、自然体のまま、形ではなく中身を育てていく秘訣なのではないかと思います。

 

 

一時的に距離を置くことで分かること

 
すべてをうまくやることはなかなかできません。
人間の欲望は止めどないのです。欲望に任せて自分にとって大切だと思うことを拡大しすぎれば、力も意識も分散し、大切なものは大切にできない。本当に大切なものは、いつも少なくてシンプルなものです。

 

1人で逃げ出すとケンカが激化すると冒頭に書きましたが、寂しいときにより寂しい気持ちになろうとすることは必要で、あえて幸せな家族がたくさん集まる場所に行くと、寂しさとともに冷静になれるということが分かりました。
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自分にとって大切なものは何なのか?
捨てられないものは、手放せるものは、何だろうか?

 

 

最後は相手を信頼して素直になること

 
寂しくなって、大切なものを確認して、冷静になったら、いったん自分を手放して素直になる必要があります。
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でも、ぼくはなかなかこれができません。
自分が大切すぎて大切すぎて、相手の気持ちがまったく見えなくなって、いまこの瞬間の感情に流されて未来を決定してはいけないというのは頭ではよくわかっているはずなのに。

 

人生をより良く生きるためには、自分の人生を力一杯、一生懸命生きることもとても重要なのですが、人とのつながり、パートナーとの相互理解は同じくらい重要なもの。
 
自分自分で何にも見えなくなってくると、暗闇が不安で、自分のいる位置が分からなくなり、自暴自棄になって暴れ出す。そうならないために、時に自分を手放して素直になる瞬間が必要になります。

 

 

まとめ

 
形にこだわる必要はないけれど、ぼくらの世代は刷り込まれた形にしばられています。
逃げようのない世界の制約の中で、自由気ままにやっていくという気構えが必要です。

 

正しいことは人それぞれ違ってて、自分たちで見つけたり決めていくもの。
 
逃げようのない制約の中で、自分の大切なものと手放せるものを選択してより良く生きていくために、ぼくらは結婚というカタにはまり、夫婦という関係の中で生きていくのだと思います。

 

制約の中で、自由に泳ぐ。

大野晃義さん(@hagemarua)が投稿した写真 –

 

それではー!

 

ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ YouTubeチャンネル『シンプリィライフ』では、本を参考にしながら無意識の思い込みから自由になる方法をアニメーションで解説しています。本業は古本買取サービス「バリューブックス」のSEOマーケティング担当。