「他力」(五木寛之著)で学んだ個性と多様性の組織論。「必要のない人」などいないのだ!

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photo credit: Alfred Hermida via photopin cc

 
五木寛之さんの「他力」を読みました。
 

 
人は「他力」によって導かれ、生きている。どんなことが起こっても「わがはからいにあらず」というところに行き着くのだ、というようなことが書かれています。五木さんが言わんとしていることを、一番わかりやすく書いていると個人的に感じた部分を引用します。

 

「人事をつくして天命を待つ」という言葉を、「人事をつくすは、これ天命なり」と、私は勝手な読み方をしています。<天命>を<他力>の意味に受けとめるのです。死にもの狂いで人事をつくそうと決意し、それをやりとげる。それこそ<他力>の後押しがなければできないことです。そう考えれば、自分が<自力>にこだわるのが滑稽にさえ思えてきたのでした。

 

以前にも書きましたが、自分のこれまでの人生を思い返しても、自力によって今自分がここに存在しているなどと思えません。何本もあった分かれ道を、一つでも違う道を選んでいれば今ここにはいないだろうと思います。なぜその道を間違うことなく選んで今ここにいるのかは、<他力>によるものであると言われれば少し納得がいくな〜という思いです。

 

 

この本の中で、一番印象的だった話は「一見無用なものが大きな意味を持つ」というお話。
これはこれまでの私のモヤモヤを吹き飛ばすような、個性と多様性を大切にする組織論とも言えるべき内容の学びでした。
大切だとは思っていたけど、なぜそうなのか言葉で説明できなかったことを説明してくれています。
すっきりしたので、ご共有させていただきます。
 



 
まず、「ひとりの人間の一生に完璧な整合性を求めようとするのは、非人間的なことであり、そうした矛盾をそのまま受け入れていくという考え方でなければ、生きた人間は絶対に捉えられない。」という前提から始まります。

そして遺伝子の話から、<無用の用>について説いています。
長くなりますが以下に引用します。

 

絶対必要であると思われる遺伝子とともに、こんなものがなぜ存在しているのかもよくわからない、雑然として不規則な遺伝子や重複した内容の遺伝子もたくさん見られるという。
遺伝子の構造が解明された初期のころは、そういう意味不明瞭な遺伝子のことを「ジャンク(くず)」と読んでいたそうです。しかし、よく調べてみると、そういうジャンクが数多くあることにより、遺伝子のコピーミスが生じるわけです。コピーミスが生じた結果、突然変異が起こったりする。突然変異によって変わった種が誕生し、その種が従来の種より適応性が高い場合には、適者生存で生き延びていくわけです。
じつは、この突然変異の積み重ねが進化ということらしい。進化の歴史は突然変異の歴史なのです。ということは、乱雑で不規則な遺伝子の思いがけないミスから生じた結果が、人間の進化を生んでいると言っていい。
逆に考えると、もしも、整然として必要以上のものが何もない組み合わせの遺伝子だけだったら、人間は進化しなかったということです。
 
ジャンクにはそうした存在の意味があるのです。

 

少し前から、なんとなくですが、「必要のない人」なんていないだろうという気持ちを強く持っていました。
それは今の働く環境にも関係があるかもしれませんが、それよりも以前から個性や多様性のことを考えると、そう思うことが度々あったのです。だけど、なぜそう思うのか?という問いにうまく言葉で答えることができなかった。
 
この本の<無用の用>についての言葉は、私のそんなモヤモヤを吹き飛ばしてくれ、私の気持ちを代弁してくれたのです。
まさにこういうことなんだろうと、完全に納得がいきました。
 
小さな視点で見れば「必要のない人」はいると思います。誰かの価値観に当てはめたり、目の前の事象に対して適合するかしないかだけを見れば。
だけど大きな視点でみれば、やはり必要のない人なんて1人もいないのです。

 

昔から<無用の用>と言いますが、一見無用に見えるもの、必要でないように見えるものが、実はものすごく大きな意味を持つのです。
最近の合理化には、そこに対する視点がありません。

 

ということです。

 

 

そしてこの章の最後にはこう書いてあります。

 

矛盾は弁証法の母であると言いますが、矛盾とか無駄とか不必要とか、その種のものは人生において絶対に必要な要件であるということをぜひ考えてもらいたいのです。

 

組織の中にいると、画一的な価値観で人を評価し、必要・不要を判断する傾向が強くなるように思います。
ですが、今こそ<無用の用>について真剣に考え、個性と多様性で進化していく時なのではないでしょうか?
生き残るためにはもう、「扱いにくい」「言うことを聞かない」とか言って、自分の価値観に当てはめて人を判断して切り捨てている場合ではないのです。

 

第16代アメリカ大統領のエイブラハム・リンカーンも、大統領就任前に激しく対立していた4人を閣僚として迎え入れたそうです。彼らは激しい議論を繰り返し、時には敵意をむき出しにしながらも、アメリカの最も困難な時代を全員の英知を結集して切り抜けた、という話をどこかで聞きました。
 
リンカーンが自分の価値観だけで物事を判断する人間だったら、対立していた4人を自分には「必要のない人」として判断していたと思います。
でもそうしなかったのは、まさに<無用の用>を理解していたということではないかと思えてなりません。

 

今この時代に、経営者が持つべき視点ではないでしょうか?
(経営などしたことありませんが。なにか?笑)
 
それでは。
 

ABOUTこの記事をかいた人

東京都北区出身。 これまでの経験と読書遍歴を活かして、現在は動画制作・コミュニティー運営・速読読書会開催・YouTubeチャンネル運営・オンライン講座を通じて、人が自らの才能を発揮し自由に生きるためのサポートをしています。