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志村動物園の動物と話す企画。

アレ、すごいですよね。ぼくはやらせじゃないと信じています。

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ハイジという女性は、動物としゃべっています。

不思議で謎ですが、動物の落ち着きようとか、周囲の人間の反応はやらせに見えません。

どうやって言葉を交わしているんだろうか、不思議ですよね。

でも、「言葉」でしかコミュニケーションを取れないという偏った考え方しかできないから、あの現象を疑ったり信じられなかったりするのですが、この本を読んだら「ああいうこともあるんだー!」と理解できました。

ダイレクトコミュニケーションというものについて

本から引用します。

映像思考ができる一部の人は、映像でのコミュニケーションをすることができます。

映像思考の強い親子や緊密な関係では,自分のイメージと同じ映像が、相手の脳裏に映像として映ってしまうことがあります。

 

これを研究者の間では「ダイレクトコミュニケーション」と表現するそうですが、例えば、

母親が子どもに「今日の夕食、何食べたい?」と聞くと、すぐに母親の映像には、白い深皿に盛られた熱々のカレーの映像が映ったというのです。その子どもは「黄色くて、とろとろしたの」と言葉で答えたのですが、母親の映像には、子どもが言葉を発するより早く、白い深皿に盛られた熱々のカレーが映っていたというのです。
しかもその映像でのカレー皿は、その家で使われているものではなかったので母親は特に覚えていたというのです。

とか、

実際に子どもは、青と赤のブロックを使っていたにもかかわらず、その母親の映像に映ったものは、全体が青い鳥のようで、おなかのところが白く、そこに脚を折りたたんでしまえるようになっているというものだったというのです。そのことを子どもに言うと、子どもは「どうして分かるの」と聞いてきたというのです。

というようなことが書かれています。

緊密な関係で、どちらも視覚に優位性があって映像思考の場合にイメージがダイレクトに伝わることがあるというのです。

 

 

志村動物園のハイジの動物と話す方法

で、ハイジはいつも「こんなイメージが伝わってくる」と言いながら動物の言いたいことを人間の言葉に置き換えています。

この言葉と前述した映像思考の人同士の話から推測するに、

・動物は言葉をしゃべることはできないので視覚優位の映像思考である
・ハイジは動物とすぐに緊密な関係になれる
・ハイジは動物とダイレクトコミュニケーションをしている

という考えに至ります。

見ている人のほとんどが「話す」という行為が言語でしか成り立たないという常識をもっているから不思議なのです。

ハイジのスゴいところ

映像思考は視覚優位な人の特徴のようで、その代わりに聴覚系が弱くて言葉にしたり文章にしたりするのは苦手なようなのですが、ハイジの驚くべきところは、言語化に長けているということだと思います。

普通はどちらかに偏るらしいのですが、ハイジはダイレクトに伝わってきた動物の記憶・イメージを、人間に伝わりやすい言葉にすぐに置き換えることができる。視覚と聴覚、どちらも高いレベルで使うことができるから、魔法のように見えるのかもしれません。

 

おおかみこどもの雨と雪を観て感じたこと

話が急に変わりますが笑、昨日「おおかみこどもの雨と雪」をDVDで観ました。

その中で、おおかみと人間の混血であるお姉ちゃんとその弟は、人間の世界で生きていくか?自然の世界で生きていくか?を、個々の出会いの中で悩みながら選択していきます。

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本当はどちらの感覚も尊いものであるはずで、どちらも持っているからこそ自分らしいはずなのに、世界は異なり生き方も異なっていて苦しい。

でもそれが悪いということでもなくて、苦しんで苦しんで苦しんで自分の中にある不完全で人と違う恐ろしい存在を自らが受け入れ、その本当の自分がその世界の誰かに受け入れてもらえたとき、自分の世界が見つかるのだなと思いました。

親としては、離ればなれになっても、持っているものを受け入れて、受け入れられて、元気で生きていてくれればそれでいいと吹っ切れられる映画。

ハイジが見つけた「自分の世界」

ハイジも子どもの頃はもしかしたら多くの人に気持ち悪がられていたかもしれません。

持っている能力のせいで、自分のみている世界が他者とはまったく違うことを知り、苦しんでいたかもしれません。

が、その能力を尊重してくれた人がいたからこそ、いま自分の能力を活かして素晴らしい仕事をしているのではないかとおもいました。

ハイジは、人と同じになることなく、自分の世界をみつけることができたのです。

 

まとめ

自分から生まれた子どもだろうがなんだろうが、人はみんな人とは違うのです。

それを無理矢理種類分けして一緒に考えようとするからおかしくなるのです。

人はみんな、持っている能力も感じ方も見え方も違う。

でもだからこそ世界は面白いのだと思えたとき、もっともっと世界は美しく見えるかもしれません。

そんな日がくることを信じて。

それではー!

 

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