もし3年後に世界が終わるとしても、今やっていることを続けますか?

 
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photo credit: Yan Boechat via photopin cc

 

 

今、伊坂幸太郎さんの「終末のフール」という小説を読んでいる途中。「8年後に小惑星が地球に衝突して世界は終わります」という発表があってから5年後、つまりあと3年で世界は終わるという状況の中で、様々な背景を持った人が何を考えてどう生きているかという話。
 

 

 

生き方について考えさせられます。
「3年後に世界が終わる」なら、自分はどうする?例えば今の私の仕事は、死を意識したものではないのは確か。どうせ死ぬなら、と思ったら今の仕事は辞めている気がします。

 

これって想像力の問題ですよね。「終わり」とか「死」っていうのは、遅かれ早かれ絶対に平等に訪れる現実であって、それが3年後なのか、50年後なのか、明日なのかは極端に言えば分らない。でもそれがリアルに想像できるかできないかで、生き方が変わってくるんだと思います。自分自身や近くにいる大切な人の「死」というものは、普段は考えないようにしているし、直視したくないものだから想像力のテーブルになかなか乗らないってだけです。

 

遅かれ早かれ、自分の人生は終わるんです。3年後でも50年後でも明日でも、時間は違っても終わるのは変わらない。
時間がたくさんあるからって幸せだとも言えない。もうすぐ終わってしまうと知ったからこそ、幸せに生きることができるかもしれない。

 

「3年後に世界が終わる」ってリアルに想像できたときに、それでもまだやっていること・残っているものが、その人の生き方です。いつ終わるとしても、今と変わらぬことをやっている、やっていたいと思えることこそ、本当の人生だと思います。

 

別にだからってストイックに生きるべきだとか、もっと意味のあることをやらなきゃ、なんて生き急いだり気張るつもりはありません。最後の最後は、「今できることをやるしかない」っていうことだけが残るのだと、この本に出てきた言葉に勇気づけられました。

 

 

生きる力は未来を想像する力から生まれるものです。
そして、人って楽観的に物事を考えられる素晴らしい能力を備えています。たとえ世界がもうすぐ終わると言われても、自分には寿命があると分っていても、それでも明るく楽しい未来を想像して、前向きに生きていける能力を持っています。

 

もうすぐ自分が死んでしまうとしても、残った家族が生きていくことを考える想像力は生きる力になるのです。家族がいるってことだけで、生きる力になる。家族と生きているって、普段はなんとも思っていませんがすごいことなんですね。知らないうちに生きる力を与えあって生きているってことです。やっと気づきました。

 

今、自分がやっていることは、3年後に世界が終わるとわかっても変わらずに続けられるだろうか?

この問いは、人生をシンプルにし、自分にとって本当に大切なことは何なのか?を見つけるヒントをくれます。
生きているうちに、絶対、見つけよう。

 

 

あなたの「人生の文字盤」が見つかることを願っています。
それでは!

 

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1980.1.1 東京生まれ YouTubeチャンネル『シンプリィライフ』では、本を参考にしながら無意識の思い込みから自由になる方法をアニメーションで解説しています。本業は古本買取サービス「バリューブックス」のSEOマーケティング担当。