いままでは「相手が発した言葉、聞いたまんまがその人の思っていることだ」と思っていたけど、最近それは違うんだなとわかってきた。
自分の書いたブログを読んでくれた人と直接お話をする機会があり、そのあとメールのやりとりがあり。
「文章の大野さんと直接話しをしているときの大野さんは別人」というようなメールをいただいた。
その少し前に、「なんか、文章にすると違う気がしてくる。あのとき話したときの雰囲気がまったく伝わってこないというか…」と友人に言われ、なんでだろう?と思っていたのもあり「あぁ、文章にすると何かが変わってしまうんだなぁ」と。
自分としては、そこに出現した言葉をそのまま書いてまとめているつもりだったのだけど。
という仮説が立った。
相手の言葉をちゃんと聴いているか?
たとえば、先ほどの
「文章の大野さんと直接話しをしているときの大野さんは別人」
という文章。
これはメールをコピペしたのではなく、「確かこんなことを言っていたなぁ」と、自分の記憶をたどって書いたものだ。
気になったので、いただいたメールを読み返してみた。
大野さんのお話を聞いているときにも思ったのですが、
事前にブログを拝見して思っていた印象と
(といっても、いくつかの記事しか読めていませんが)、
お話をしているときの印象が違うなあと。文字だけを読むのと、
顔を見て、声を聞くのとの違いと言えばそれまでですが、なんとなくお話を伺っているときの言葉は、
自然にふっと浮かんできたような素朴な感じというか、
だからひっかからずにすっと耳に入ってくるというか、
そんな印象がありました。なんでしょうね、私もよくわかりませんが(笑)
あれ?なんか全然違いますよね…
メールを読んだはずなのに、「本当は読んでなかったんじゃないか」とすら思えてくる。
メールでこれなんだから、聞いた話なんてもっとひどいんだろうなぁ…
聞いた内容はほとんど記憶できていないし、頭の中に入った瞬間に自分というフィルターを通して変換されてしまっているわけだから。
よく読んでみれば、深みのある、もっとなにか背後に伝えたいことがありそうなメールなのに。
サラッと読んで「ああ、こういうことが言いたいのね」って思って、短い文章に変換して、わかった「つもり」になっていることに気づいた。
「聴く」コツ(自分なりの見解)
これを修正したければ、「聞く」を「聴く」にする習慣を身につけるしかない。
コツは、
まずはコレだ。
相手の言葉が入ってきた瞬間を、意識してみよう。
今日からやってみよう。
それでは、また!