この本読んでます。
バカと付き合うな。
人をバカにしろって意味じゃなく、自分の自由を奪う人を見極めろというメッセージ。
これは、ぼくら1980年代以降に生まれた世代は早く理解したほうがいいし、早めに読んでもらいたい本。
今日、仕事していてい気づいたこと
ぼくはいまバリューブックスという会社で働きながら、個人で小学生向けのロボット教室をやっています。
【やばい、ムチャクチャおもしろい】
今月からロボット教室で「アドバンスプログラミングコース」というのを開始しました。ベーシックコース約1年、ミドルコース約1年受講した子だけ進級できるコースなのですが、やばいです。生徒も楽しんでくれている…
大野 晃義さんの投稿 2018年9月22日土曜日
毎月一緒にロボット製作を楽しんでいる仲間は、体験会によってロボットで遊びたい!と心に火が着き、お父さんとお母さんにお願いしてロボットキットを購入し、月謝を払ってもらって教室に来ています。
となると、ロボット製作をするために月謝を支払っているので、お父さんやお母さんはお迎えのとき自分の子どもがロボットを完成させられたかどうか?どんなロボットをつくったのか?気になるのは当然のこと。
でもたまには気が向かないときだってあるし、違うことをして楽しみたいときも、決められたロボット製作じゃなくて自分がつくってみたいと思ったオリジナルロボットを製作したいときだってある。
お迎えにきたときにロボットが完成してなかったり、みんなと一緒じゃないものができているとき、迎えに来た親御さんの中にはガッカリしたような顔をしていたり、困惑している人もいる。
そういう風景を見るとぼくは、「決められたロボットをちゃんとつくらせなきゃいけない」と思って行動してしまう。
その子の状況を察知しようともせず、スポンサーである親御さんの顔色を気にして、「ちゃんと今日のロボットを作りなさい」という空気を出してしまうんです。
今日はそんな出来事があり、「ぼくは子どもを子ども扱いするバカだ」と自覚しました。
人の純粋な意欲を奪うバカ
子どもはいい意味でも悪い意味でも純粋です。
とても身近な「バカ」に、素直にそして大きく影響を受けてしまいます。
身近なバカとは、具体的には親や先生のこと。
「何を言っているんだ!自分はバカじゃない!」
と憤ってしまう人や、
「自分は子どもの将来のためを思って、子どもが嫌がっても勉強をやらせているんだ!」
とか言っちゃう人は、ぼくと同じ自分をバカだと認識していない(しようとしない)バカ。
「みんなと一緒に、ちゃんとやりなさい」
「ひとりで包丁使っちゃダメ!手を切っちゃうでしょ!」
「危ないから目の届く範囲で遊びなさい」
「大人の言うことを聞きなさい」
「お前にはできないからやめておきなさい」
「子どもが傷つくから、合わない人でも結婚生活を続けなきゃ」
「辛いことや苦しいことがあっても、子どもに余計な心配かけないように」
「高いお金を払っているんだから、ちゃんと授業を受けなさい!」
こんな大人は「子どもをバカにしているバカ」です。
そうやって自分の手の届く範囲に置いて安心しようとし、
小さい枠に閉じ込めて、可能性にフタをして、
純粋な意欲を奪って、生まれながらに持っている才能をなきものにしてしまうリスクを抱えたバカ。
今と昔じゃ時代が違う
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグはハーバード大学でのスピーチでこんなことを語っていました。
今日私が話したいのは、「自分の人生の目標(意義)を見つけるだけでは不十分だ」ということです。
僕らの世代にとっての課題は、「”誰もが”人生の中で目的(意義)を持てる世界を創り出すこと」なのです。
戦後からしばらくの貧しい時代は、マイナスからゼロに持っていこうとする強力な気持ちがあった。
仕事をするモチベーションは、欲しいものを手に入れたい、美味しいものを腹いっぱい食べたい、いい服を着たい、快適な家に住みたい、、、だからお金を稼ぐんだ!出世しよう!みたいな、強い欲求がベースにあった。
1980年代以降に生まれた「ミレニアル世代」は先輩たちのおかげでまあまあ裕福な暮らしがベースにある世代で、「お金を稼ぎたい!」と「仕事や人生の意味・意義」というはざまにモチベーションがある。
2000年代以降に生まれた世代は、もはやそのはざまからも脱出している。
世の中の変化・進化はどんどん加速しているから、1980年代以降に生まれた人の常識を刷り込まれたら2000年代以降の人は生きにくくなりますよね。
これからは人生の目的を見つけるだけでは不十分で、誰もが目的を持てる世界を創り出すことが価値になっていく時代なんだから、、、という話です。
移り変わる価値
価値はお金から内面的なものに移りつつあります。
以下は『お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)』より引用。
ミレニアル世代以前は足りないものがあって、それを埋めるために必死に頑張るという明確な方向性を持っていました。そして、その基盤を受け継いだ世代は満たされてしまっているので、何に向かって頑張れば良いのかがわからなくなっている。
この感覚が、多くの人を不幸にしているという話で、先ほどのザッカーバーグのスピーチに通じています。
そして、
人生の意義や目的とは欠落・欲求不満から生まれるものですが、あらゆるものが満たされた世界ではこの人生の意義や目的こそが逆に「価値」になりつつあります。この流れはさらに加速していき、人間は物質的な充足から精神的な充足を求めることに熱心になっていくことは間違いありません。
これから誰もが自分の人生の意義や目標を持てることは当然として、それを他人に与えられる存在そのものの価値がどんどん上がっていくことになります。
価値はお金から内面的なものへと移り変わっています。
その流れでは、どんな生き方が常識になっていくかというと「好きなことに熱中している人ほどうまく行きやすい」と著者の佐藤航陽さんは言っています。
続けて、
内面的な価値が経済を動かすようになると、そこでの成功ルールはこれまでとは全く違うものになり得ます。
金銭的なリターンを第一に考えるほど儲からなくなり、何かに熱中している人ほど結果的に利益を得られるようになります。
と。
まとめ:子どもをバカにするバカにならない方法
ぼく自身、マジでバカです。
振り返ってみたら、お金を稼ぐこと・儲かることを最優先に生きているなと自覚しました。
そして、子どもを子ども扱いするバカでもあります。
とにかくまずは自分がバカであることを自覚することが、子どもをバカにするバカにならない方法です。
死ぬまでまだまだ時間があるであろうぼくらがバカのままでは、死ぬまでずっと生きにくいし、2000年代以降の世代にとっては「害」でしかない。
自分のバカさ加減を自覚して、せめて最低限、いまの子どもたちや周囲の人の「純粋な意欲」を邪魔しないことだけは気をつけます。
—
そして、2000年代以降の世代も、バカにははっきり言った方がいい。
「子ども扱いするな」と。
自分を子ども扱いするヤツの言いなりになんか絶対なっちゃいけない。
自分の限りある時間と可能性と才能を、バカに黙って引き渡してはいけません。
それではー!