彼女のつくったバターチキンカレーが好きです。

カレー、ですか・・・・・・

妻や恋人のいる男の人に、「彼女のつくる料理でいちばん好きなのは何?」ときくのが、私はわりと好きだ。こういうとき、その妻なり彼女なりがいっしょにいると、興味深げな顔つきでその答えを待っている。私にも身に覚えがある。私の作る料理のなかで、この人がいちばん好きなのはなんだろう?と、だれよりも自分自身が知りたいのである。

いろんな答えがある。パスタ、などとざっくり答えられると、つい、「パスタのなかでいちばんおいしいのは何、トマトベース、それともクリーム系?」などと詳細を尋ねてしまう。しかしこういうざっくりした返答をする人は、料理名をそもそも知らないのであるが。餃子、とか、ビーフストロガノフ、とか、南瓜(かぼちゃ)の煮物、などという限定料理名だと、聞いているこちらも「ふむふむ」とどことなく満足するし、傍らで聞いている妻なり彼女なりも「そうかそうか」と、ちょっとうれしそうである。

この質問にたいして、質問者をも妻・彼女をも、もっともがっかりさせる答えがある。

それは「カレー」である。

もちろんいろんなカレーがあろう。スパイスから調合して作る本格的なものも、ネパール系のものインド系のもの、ココアやジャムを入れたりする一工夫もの、みんなそれぞれ、ご自慢のカレーなのだとは思う。しかし、「カレー」と答えられると、なんとはなしにがっかりしてしまうのである。

先だっても、新婚夫婦とともに飲んだおり、私はその質問をした。いっしょにいた新婚妻はわくわくと彼の答えを待っていた。そして、ああ、彼の答えは「カレー」。それを聞くやいなや妻は「えー、カレー?」と不満げな声を漏らした。「え、なんで?おいしいじゃん、きみのカレー」と新婚夫。「えー、でも、カレーなのお?」となおも顔をしかめる妻。

わかるわかる。「えー、カレー?」と言いたくなる気持ち。料理の作り手としては、もっといろんな手のこんだものを作っているのだ。牛すじと大根の煮物とかさ。クリームコロッケとかさ。五目炊き込みごはんとかさ。春巻きとかさ。たとえばカレーがスパイスから調合された本格的なもので、ほかのどんな料理より手がこんでいたとしても、「カレー」と言った時点でそれはただの「カレー」なのだ。無個性というか凡庸というか退屈というか。カレーと言われるよりは、ビーフストロガノフだの生姜焼きだの、何かこう、個性が感じられるようなものを言ってほしいのだ、作り手は。

「私はね、交際していたときからこの人に、そりゃいろーんなものを作ってきたし、今だって献立工夫してるの。それが、よりによってカレーなんて。カレーばっかり食べさせてるみたいじゃん」と、新婚妻は作り手の落胆をうまいこと言葉にしていた。そうそうそう、とうなずく私に、「でも、ほんとおいしいんだよ、この人の作ったカレー」とだめ押しをする新婚夫よ、どうか作り手の機微をわかってくれ。


角田光代著『よなかの散歩』より

それでもわたしは、声を大にして言わせてもらいます。

彼女のつくる料理で、今いちばん好きなのは「バターチキンカレー」です、と。

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1980.1.1 東京生まれ YouTubeで人間関係や仕事の悩みが「シンプル」になる本を3つのポイントに要約して紹介しています。 その他、カレーのキッチンカーでイベント出店、コトバヤで間借りカレー、子ども向けロボット教室、ブログ、やってます^_^