「最近体調が悪い」という人は、とにかく心が病んでいる:大丈夫。あなたの難病は必ず治る。誰も信じなくても、ぼくは信じる。

 
今日、「実は難病をわずらっていてこの病気と一生付き合っていかなければならないんです。」という人とお話をした。その人は、当然だけどとてもへこんでいて辛そうで疲れていた様子だった。
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毎日くすりを飲まなきゃいけないし、自分で注射も打たなきゃいけないのだそうだ。
ぼくは自分で注射を打ったことがないので、その気持ちには完全にはなりきれないけれど、胸の奥がチクチクして疼いた。誰も、自分の体に自分で注射針など入れたくはないだろう。

 

本当に元気がなく、顔色もはんぱなく悪い。
でも、中途半端な冗談など言って盛り上げようとしても、かえって嫌な気持ちにさせてしまう。もし自分がそうだとしたら、猛烈に誰かに優しくして欲しいけど、中途半端に優しくしてもらったらかえって傷つくと思う。その人に何かを期待してしまうから。

 

だからぼくは、「開き直ってとことん好きなことをした方がいいんじゃないか」と伝えてみた。
この言葉さえ失礼だったかもしれないが、勇気を出して言ってみた。
その理由はこうだ。

 

 

心の病

 
ほとんどの体調不良は「心の病」が発端であるとぼくは信じている。
まず心が病にかかり、それがだんだんと体をむしばみ、やがて脳が自覚できるくらいまでに表層化するのだと思っている。だから、「体の病」であると診断された時には「心の病」は取り返しのつかないところまで進行しているのだ。
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心の病を連れてくるもの

 
では、心の病にはなぜかかるのか?
その原因は、人間関係が大きな割合を占める。

 

人間は、それぞれの個性・特徴と価値観を背負って日々生きている。それは、生まれた時から持っているものもあれば、生まれてから環境によって育てられるものもある。とにかく「なぜだかわからんけど、どうしようもなくそうしたくなる自分」というものをそれぞれ持っている。

 

それが、自分だけで完結できるものであればいいし、他者と共有してお互いを補い合うことができればなおさらいい。
でもそれを無理矢理押し付けたり、同じになれと強要してしまってもいい、と考えてしまう人や世界もある。そんな人や世界がものすごい勢いて増えてきて、今があるような気がしてくる。

 

「こうしなければいけない」「そうしないと大変なことになる」といって価値観を押し付け、不安を煽る他者によって、本来持っている「こうしたい」という純粋な気持ちは、まるで犯罪者のように扱われ、閉ざされた地下室に幽閉される。

 

一度染みついてしまった文化や習慣の「無意識の力」は恐ろしいのだ。
純粋に好きなことや純粋な意欲の向かうままに生きれれば、ほとんどの心の病は防げるはずなのに。
 
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心が潤えば体調は良くなる

 
逆に、「してはいけないことなどないんだ!」と開き直って、自分が好きだと思っていること、好きな人と会うこと、心が潤うこと、本当に喜ぶことをとにかくなんでもいいからやってみると、間違いなく体調は良くなる。

 

ぼくはすべてを急に変えることはできないけれど、少しずつそれを始めていて、今年の冬はまだ風邪をひいていないし、ぼくは今、去年よりハッピーな気がするし、去年より体調が良い気がする。

 

これを理論的に説明する知識も材料もぼくは持っていない。ただそう信じているだけだ。
裏付けになるかはわからないが、榎本英剛さんの「本当の仕事 自分に嘘をつかない生き方・働き方」という本の中には、こんなことが書いてある。

 

彼女は子供の頃から音楽を聴くのが好きでしたが、自分の部屋でカセットテープを聴いていると母親が入ってきて「あなた何無駄なことしてるの」と言ってカセットテープをガチャっと切られてしまったそうです。以来、音楽を聴くことは彼女にとって何か悪いことをしているように感じられ、めったに聴かなくなりました。

 

折しも、彼女が私のセミナーに参加してくれた頃、彼女はずっと原因不明の体調不良に悩まされていたのですが、セミナーで自分の音楽に対する情熱を思い出して再びテープを聴くようになったら、とたんに体調が良くなったというのです。

 

純粋意欲にしたがうと、だんだん魂が潤ってくるように感じます。

 

「病気=病は気から」というのは、真理なのである。昔の人はスゴい。

 

 

また、影山知明さんの「ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~」には、心の病とは直接関係ないかもしれないがこんなことが書いてある。

 

結局エンデは、客観性であり「意味の世界」「言葉の世界」から自身を解き放てと言いたかったのではあるまいか。その意味は分からず、その理由は説明できなかったとしても、心の向かう方向へとしたがうこと。

 

世界を想像し、創造すること。
そしてそれを一番上手にできるのはこどもたちだ。

 

現代のおとなたちが「虚無」に支配されるのか、それとも「ファンタジー」を育めるのかーその命運を握るのもまた、おとなたちの中に眠るこどもたちなのではないかと思う。

 

理屈にまみれた世界から自身を解き放ち、ただ自分の中にいる「純粋な意欲を持ったこどもたち」の向かう方向へと自分をしたがわせてみよう、それが本当の意味で自分を生かすことになるんだ、という誘いである。
 
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他人の言う「正しい」に惑わされるな

 
多くの他人が「正しい」と言っていることが、「常識」として定着していくだけだ。
でも他人の言う「正しい」に引きずられると、自分の住む世界はその分だけ息苦しくなっていく
本当は「正しい」ことは自分で決めるものであって、自分で決めたことが「正しい」のだ
 
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まとめ

 
落ち込んでいてもまだ体に出ていない人は、まだ間に合う可能性がある。
もうすでに体に出てしまっている人でも、遅くはない。とにかく開き直って、自分の純粋な部分を解き放ってみないか。
大丈夫。心が潤えば、難病だって必ず治る。誰も信じなくても、あなたが信じなくても、ぼくは本気で信じる。
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好きなこと、心が潤うこと、ワクワクすることは、実は日常にたくさん転がっている。
余計なことを言うやつの言葉は右から左に流して構わない。
だってこれは、あなたの人生なのだから。

 

「THIS IS YOUR LIFE」のポスターが心にしみる。
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ちょっとカッコつけすぎた?笑
それではー!

 

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1980.1.1 東京生まれ YouTubeチャンネル『シンプリィライフ』では、本を参考にしながら無意識の思い込みから自由になる方法をアニメーションで解説しています。本業は古本買取サービス「バリューブックス」のSEOマーケティング担当。