今の自分を満たしながら、子どもたちの未来のために行動し決断する。:上田市にある池波正太郎真田太平記館で感じたこと。

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先日、池波正太郎真田太平記館に行って真田家と池波正太郎さんに触れ、そこの館長さんとお話をすることもでき、学びと気づきが溢れました。
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俗に言う「歴史」というものは、その当時の人たちが書き残したり、代々言い伝えられているものを、興味を持った人が紐解いて、その時代の人たちにわかりやすい形にして表現し直しながら、ここまで伝わってきています。

 

歴史って面白いっすよね。何をかくそうぼくはこれまで歴史にまったく興味がなかった男ですが笑、長男の影響で歴史マンガとか読むようになって、触れてみるとどんどん気になってしまうんですわ。

戦国人物伝 真田幸村 (コミック版日本の歴史)

戦国人物伝 真田幸村 (コミック版日本の歴史)

  • 作者:すぎた とおる,中島 健志,加来 耕三
  • 出版社:ポプラ社
  • 発売日: 2010-05

 

 

想いは想像することしかできない

 
何が一番面白いかって、起きた出来事は正確に伝えられるけど、実際その時にその人がどう思って行動していたのか、本当のところはわからないところでしょう。

 

歴史研究がされていろんなことがわかってきていますが、想いだけは資料ではわかりません。人から人へ伝えられた言葉とか感触と、あとは「想像」です。

 

真田家は戦国動乱期をドラマチックに長く生き抜いたことやタレント揃いだったこともあり、NHK大河ドラマ「真田丸」も製作中(2015/12現在)。上田市も盛り上がり始めています。

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Posted by 大河ドラマ「真田丸」上田市推進協議会 on 2015年12月13日

 

そんな真田家が生きた地域に住む人間として、感じたこと学んだことから、真田家で生きた人たちの想いを想像してみようと思います。
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真田家の家紋の意味

 
真田家の家紋は「六文銭」。
これは、人が死んで三途の川を渡る時に必要な渡し賃である六文銭のことで、つまり「死をも恐れぬ決死の覚悟」を戦場での心構えとしている証なのだそうです。
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武田信玄に仕える際に幸隆が覚悟を示すために作った家紋と言われているようです。強烈なアピールですよね。相手に受け入れられるためには、どのような気持ちで臨むのかを知ってもらわなければならない、そのためにはどんな風に伝えれば良いか、を考え抜いた結果ではないかと。

 

プレゼン力の高さがうかがえますね。笑

 

 

真田家の情報収集力の高さが抜群!その理由とは?

 
真田家の祖先は平安時代に信州に赴任した滋野一族だと言われています。その滋野一族には「歩き巫女」なる人がいて、特定の神社には属せず、全国を巡って祈祷を行って生計を立てている人だそう。真田家は、歩き巫女が集めた各国の情報を戦略を立てるのに使ってたようです。

 

また、信州には戸隠や御岳などの「霊験」が多く、修験者たちが修行していた山がたくさんあるのだそうで、この人たちは山での苦行で常人を遥かに凌駕する強じんな肉体を持っていて、さらに、修験者は布教のために全国を自由に行き来することが認められていて、さらにさらに!武士ではないから他国の農民や商人に自然と紛れこむことができた、というのです。

 

真田家が拠点とした信州上田盆地は山岳信仰の聖地だったそうで、その一つであった四阿山の修験者とのつながりをうまく作ったらしいのです。
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(こちらはイメージ写真で四阿山とは関係ありません笑)

 

情報収集能力が抜群に高い彼らを味方にし、通常では得ることのできない近隣諸国の情報を得て、戦国動乱を俯瞰し、己の力を計りながら、生き抜くための戦略を立てていたのでしょう。

 

真田家はこの情報収集能力を代々受け継ぎ、おそらくその大切さについてもしっかり受け継いでいきます。幸隆の子どもであり幸村(信繁)の父であった昌幸も、関ヶ原の戦い以降に閉じ込められた九度山でも、情報収集だけは欠かさず力を入れていたそうです。

 

自分の信念を曲げず、一番大切なものを守り抜くために。いかなる場面にも備えてすぐ行動できるように。自分を知り、世界を知ることは不可欠ということ。

 

情報収集力は、今も昔も時代を生き抜く最重要スキルであると自覚しました。

 

 

真田家の「縁故戦略」がシビれた

 
信州は作物が豊富にとれるとても豊かな土地だったようで、戦国時代に多くの有力豪族が信州支配をもくろんでいたワケです。とは言っても真田家は小さな豪族で、武田家や上杉家が本気になってかかってくればひとたまりもないワケです。

 

主家を転々とした真田家は、それだけ聞くと腰抜けで芯がない奴らみたいなイメージを持ってしまいそうですが、そうではないんですよ!と、たくさんの情報が主張しています。

 

真田家はおそらく、大切な先祖代々の土地を守りつつ、力のある武将に捨て駒のように扱われないようにしながら、子孫が末長く繁栄することを考えていました。
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大いなる目的のためには、誰に仕え、どんな形で共に過ごし、誰を敵とするかを慎重に考え、そして大胆に選択しながら戦国時代を生き抜いてきたのです。

 

そのために「縁故戦略」があったのだと思います。

 

主家を代えるたびに、真田家は重要人物を人質に出したり、縁故関係を結ぶために相手方の重要人物の娘と婚姻関係を結んでいます。信之は徳川家康にとって超重要な人物であった本多忠勝の娘さんと、幸村は豊臣秀吉に仕えた大谷吉継の娘さんと結婚していたりしていて、その縁故関係には頑なに筋を通しています。

 

まあ、本当のところはぼくにはわかりませんが、武田、上杉、北条、徳川、織田、豊臣、、、と散々主家を代えてきたことや、どんなに強かろうと大切な領土を奪い取ろうとした徳川家康とは敵対したこと、関ヶ原の戦いでは西軍石田側に昌幸と幸村、東軍徳川側に信之と「犬伏の別れ」の会談で決めたこと、人質になった時にお世話になった人や縁故関係を持った人たちには筋を通したこと、そして現在でも真田家の血は絶えていないことから、当時の真田家の想いは今も受け継がれていると考えてもいいんじゃないかなーと。

 

つまり、真田家が最初に描いた未来は実現されている、ということです。

 

今大切にしたいものと、遠い未来に引き継ぎたい大切なものを、いかに両立させるか。真田家の歴史にほんの少しだけ触れて、そんな苦悩や葛藤をしながら力強く前に進んでいた人たちの姿を想像して、ちょっとだけ武者震いが発生しました。ちょっとだけね。笑

 

 

歴史とか本とかの真の面白さ

 
歴史を伝えようとする人たちが事実をできる限り正確に把握した上で、その人なりの解釈が加わりながら伝えられているところが面白いのではないかと思うんです。

 

ぼくは今まで「歴史なんて、結局本当のところはわからないんでしょ?」とかいって「知っててもムダ!それよりも前を向かなきゃ!」的な考えで切り捨てていたんですが、最近は余白を持っているストーリーを楽しむことを放棄するのはもったいないんじゃないかという気持ちになってきています。

 

だって、たとえ勝手な解釈だとしてもストーリーの中に何かしらの意味を見出すと、力が湧いてきたり行動したくなったりするんですから。

 

歴史とか本とか、まあ映画とかもそうですが、「結局本当のところはわからない」という余白があって、それを自分なりの勝手な解釈や意味や想像で埋めてみることができて、それによって自分だけの新しいストーリーを生みだせちゃうところに、面白さとか素晴らしさがあるよな、なんて思いました。
 

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

  • 作者:池波 正太郎
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 1987-09-30
真田太平記(二)秘密 (新潮文庫)

真田太平記(二)秘密 (新潮文庫)

  • 作者:池波 正太郎
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 1987-09-30

 

 

是非とも引き継ぎたい真田家の想い

 
真田は、未来を見据え、今を大切に生きる人々だったのではないかと想像します。
子どもたちを人質に出すことは、その瞬間耐えがたい感情にはなるものの、新たな地で素晴らしい人物に仕え、人とつながって多くを学ぶことは、結果的には真田家にとって良いことにつながり、人質としていった子どもたちにとっても、素晴らしい経験とかけがえのない財産となっています。

 

親としては、時には子どものために心を痛める決断をする必要があります。
どんな結果になっても全て自らが受け入れる覚悟を持って、今の自分を満たしながらも、子どもたちの未来のために行動し、決断していく。
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次の世代を担う子どもたちに、「想いのバトン」を渡していく、という意味では小宮山量平さんに通じるところがありますね。
<参考記事>「無意識に生きる」という素晴らしい積み重ねの上に、わずかでも「生きている実感」をプラスしていきたい。:上田市の「小宮山量平 Editor’s Museum」に行って感じたこと。

 

でもまずとにかく、そのためには「生きる」ことです。
生きてこその人生ですし、生きてこそ道は開ける、というのが真田家が最も大切にしたことだと、調べてみて思いました。

 

その上での六文銭の決死の覚悟ですから、その決意たるや恐ろしいですわ笑。
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まとめ

 
歴史を土台にして、その人だけの表現につなげていくことができます。
それがわかると、歴史を伝えようとする人たちや、人の想いがつまった本や場所ってスゲー大切なんだなーと実感した真田太平記館見学でした。
 
上田市にある池波正太郎真田太平記館のウェブページはこちら↓
http://www.city.ueda.nagano.jp/tanoshimu/ikenami

 

是非訪れてみてください。
何か感じる人は感じるし、感じない人は何も感じないでしょう。笑

 

 

また、歴史的な本を残していくことも超重要です。本は学びの宝庫ですし。
だから、いらなくなった本を買い取り、世の中で必要としている人たちへと循環させたり、社会的課題を解決する団体に寄付する活動をしているバリューブックス
ブックオフは素晴らしい活動をしている人たちだなと、改めて感じました。


 

いらなくなった本は、捨てないで売りましょう。
それだけで世のため人ためになりますしね。

 

それではー!

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ 2016年3月に長年勤めた工作機械メーカーを退職し、「独立して生きていく」ことを目指して出発しました。 文章を書くこと、子どもと触れ合うことが大好きです。 「相手の望んでいることを120%理解し、自分にできうる最高のパフォーマスンスを発揮する」ができる人間になることが、2016/8〜3ヶ月の目標。 最終的には「人の中に眠っている力を発見し、引き出せるヤツ」になりたいと思っています。 よろしくお願いします! 好きなこと: 歌(カラオケ)/ブログ/読書/ノート/旅/キャンプ