ものづくり大国日本は、なぜ技術継承がヘタくそなのか?

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以前も書きましたが、想いや技術が次の世代に伝わっていくことは、人間にとっての本能であり1つの喜びであると思います。
<参考記事>「最近やる気がでない」と甘ったるいこと言っているあなたが、最高のアウトプットを出すために必要なたったひとつの心構え
人から人へと大事なことを伝えていくための究極のツールは遺伝子です。他にも伝承方法は様々あり、ツールを駆使して人は人へ伝えようとしています。
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いま、「ものづくり大国」と呼ばれた日本は、これまで培ってきたその素晴らしい技術の伝承がうまくできずにもがいているように見えます。それを時代のせいや人の能力のせいにして、伝える本能や喜びを放棄してしまう人もいるかもしれません。
 
「いまの若いヤツらは、、、」なんていうクソオヤジの声が聞こえてきそう笑。

 

でも、ぼくはわかったんです。
その日本人の職人気質的な伝え方や、舶来ものを崇め奉ってってしまう(言い過ぎ?笑)気持ちが、ものづくり技術がうまく伝わらない原因である、と。
 
ものづくり大国日本がその素晴らしい技術を伝承し、喜びをつないでいくために。
原因と対策についてまとめてみます。
 

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日本人の職人気質

 
日本のものづくりに関わる、いわゆる職人さんは「職人気質」というものを持っています。
だれにも教えてもらわず、師匠と仰いだ人の技術を見て、真似てたり盗んだりして、自分の技術に変えていきます。
 
自分が食っていくために、自立するために、技術を身につける。
貪欲に食らいつくメンタルがあった時代はよかったのかもしれませんが、いま「昔はこうだった」とか「オレっちの時代はこうだったぜ!」などと言っていても仕方がないでしょう。だって時代も環境もメンタルも違うんですから。
 
伝えたいなら方法を考えなければなりません。

 

 

現在の環境

 
組織の中だけの話かもしれませんが、「量産」する効率を極限まで追求するために、役割分担によって仕事をこれでもかと細分化してきました。大量消費大量生産の大波を乗り切るために必死でした。
 
それによって失ってきたものもあるのです。
技術の継承なんかも「ものを通じて人から人へ」というよりかは、文章によってマニュアルによって効率良く伝えることができると頭の中だけで考えてしまう輩が増えました。
 
細分化と効率化により、人とものに関わる時間すらなくなってしまっています。
だけど、手順さえあれば技術は伝わる「ハズ」だ!伝わらないのは読み手の能力不足のせいだ!と言って、本能を捨て、喜びを捨て、伝わらないことを正当化してやり過ごすことを考えはじめる個人主義の人々が増えたのかもしれません。

 

 

日本人のタイプ

 
日本人は不器用なタイプだと思います。
あうんの呼吸とか、相手を思いやるとかよく言うけれど、実際それが通用するのは相手のことをよく知り信頼関係ができてからの話ではないかと思います。日本人は「時間の人」であり、時間を積み重ねることでそのような関係を作っていく人種ではないかと思うのです。
 
「天才と発達障害」という本に書いてあることをパクって言うならば、日本人は「聴覚優位」な人が多く、映像というよりかは言葉や文章で伝えていくタイプの人が多いのではないかと思います。また、人やものに触れることで記憶に刻む触覚の強い人でもある気がします。
(ここに根拠が欲しいところなのですが、いまのところ直感です。調べ切れていません笑。)

 

 

時間の人か?空間の人か?

 
以前にも書いたのですが、ものづくりに関わる日本人と(こんなザックリとひとくくりにするのはよろしくないのですが)欧米人にはその知覚の優位性に違いがあるのではないかと思うんです。
 
日本人は聴覚優位で、いわゆる「時間の人」。
欧米人は視覚優位、映像思考で、いわゆる「空間の人」。
 
そこで日本の伊勢神宮とスペインのサグラダファミリアやドイツの石造りの教会を比較して考えてみます。

 

 

伊勢神宮とサグラダファミリア

 
伊勢神宮は20年に一度、となりにまったく同じものを建てて古い方を壊します。
これは、建物自体を存続させることと、技術を伝えていくこと、両方を兼ねています。
 
熟練した匠からこれからの時代を支える若い技術者へと技術継承していくために、となりにまったく同じものを建てて実際に定期的に建てることで伝ていくのです。
 
時間を積み重ねて、人を通じて、感触を通じて、伝えていくタイプが日本人には多いのかもしれません。
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かたやサグラダファミリアやドイツの石造りの教会なんかは、時間や環境は気にしなくていいから素晴らしいものをつくる、ひとつひとつ正確に積み上げていけばいつか必ず完成する、想いが伝われば必ず技術は継承されていく、という考え方であまり技術継承にこだわっている感じを受けません。
 
実際にヨーロッパで仕事をしている人に聞いたことがあるのですが、人から人に伝えるというよりかは、個人主義で孤独にスキルを身につけ、次のステップへと進んでいく人が多いようです。
 
でもサグラダファミリアなんかは、設計図なしで100年以上かけて建設しており、責任者は9代目だそうです。
彼らはおそらく、映像で完成形を伝承しているのです。だから図面がなくても続けていける。
 
空間のイメージを共有して、映像を伝えていく人が欧米のものづくりに関わる人には多いのかもしれない、というのが「天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)」という本を読んでわかりました。
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日本のものづくりを継承していくために必要な考え方

 
カッコいいからとか言って、先進的だからといって、舶来の思想を形だけ真似ていると肝心な中身が空っぽになっていきます。
個人個人は認知特性から文化から価値観から、みんな違っているのですから、技術継承の方法は国それぞれ、文化それぞれ、人それぞれ、特性それぞれで違っているハズで、逆にそれがいいわけです。
 
正しい答えなんて1つではなく、人それぞれ持っている。
 
伊勢神宮の技術継承のように、特性を知った上で、非効率とも思える昔から引き継がれている方法を愚直に実践していくことも1つの方法で、それによって結果が出ているのであれば、それは伊勢神宮のものづくりを継承していくためにいま必要な方法であるということ。

 

効率とか形にばかり目を向けるのではなく、1つの考え方や成功事例を押しつけるのではなく、伝えたいと想う人同士が、お互いの特性を知った上で非効率なことを愚直にやっていくことで、テクノロジーには替えることのできない日本のものづくりは継承されていくのです。

 

 

まとめ

 
頭の中だけで考えて、「こうやれば伝わるに決まっているだろ。なんでできないんだ?」なんてお間抜けなことを言って、押しつけているような人がいたら、こう言いたい。「やらないなら黙っていろ」と。
 
ぼく自身はものづくりにそこまで思い入れがあるわけではないので、やり方について押しつける気はありません。だけど、想いが誰かに伝わって、それがずっと続いていくさまを想像すると、なんだか心地良い気分になるんです。
 
伊勢神宮って素敵だなと思います。今度観に行こう。
 
それではー!
 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ 2016年3月に長年勤めた工作機械メーカーを退職し、「独立して生きていく」ことを目指して出発しました。 文章を書くこと、子どもと触れ合うことが大好きです。 「相手の望んでいることを120%理解し、自分にできうる最高のパフォーマスンスを発揮する」ができる人間になることが、2016/8〜3ヶ月の目標。 最終的には「人の中に眠っている力を発見し、引き出せるヤツ」になりたいと思っています。 よろしくお願いします! 好きなこと: 歌(カラオケ)/ブログ/読書/ノート/旅/キャンプ