人間関係に悩んでいるあなたは、ドイツのウルム大聖堂と日本の伊勢神宮から違いの生まれかたを読み解け!

 
はーい、オーノです。
今日もよろしくお願いします。

 

わたしの近くにドイツが大好きでドイツの話ばっかりする人がいます。その話が深イイかったので書いてみます。

 

 

ドイツのウルム大聖堂

 
ドイツには石造りの建物が多くあるそうなのですが、それらは昔の人が四角い石を一つ一つ正確に積み上げて、何百年もかけて作り上げたものばかりだそう。
 
その一つであるウルム大聖堂という石造りの教会は、1377年から建築がはじまり、完成は1890年時点とされています。(ちなみに1529年から1844年は中断)
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photo credit: Ulmer Münster via photopin (license)

 

なんと500年の時を経て完成!ドイツ人ってずいぶん気の長い人達ですよね。

 

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日本の伊勢神宮

 
かたや日本の伊勢神宮は20年毎に建て替えるんだそう。
なんすか、この違い笑。
 
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photo credit: 伊勢神宮 外宮別宮 伊雑宮 – Izawa no miya (Geku of Ise Grand Shrine)// 2010.02.13 – 5 via photopin (license)

 

 

ドイツと日本の考え方の違い

 
ドイツ人の思考は演繹的で、日本人の思考は帰納的だと言います。
推論の基本「演繹法」と「帰納法」を使い分けて考える力を身につけよう | NEVERまとめ
 
ドイツの人は、ルール(大前提)からスタートし、ひとつひとつ論理を積み重ね、それを数珠つなぎにして結論を導き出すのが得意です。人はいつか必ず死ぬ、Aさんは人、Aさんはいつか必ず死ぬ、みたいな。だからひとつひとつの正確さにこだわるのかもしれません。
 
かたや日本人は、たくさんの現実を集め、そのなかにある類似点や共通点をまとめてひとつの結論を出すのが得意。Aさんは死んだ、Bさんは死んだ、Cさんは死んだ、共通項は死だ、だから人はいつか必ず死ぬんだ、という感じ。

 

これはウルム大聖堂と伊勢神宮の建物への考え方の違いと重なります。
ウルム大聖堂は「ひとつひとつの真四角な石をひとつひとつ正確に積み上げた建物は崩れない」「建物はいつか必ず完成する」ということを大前提として建てはじめているはずです。で、前提通り500年後に完成したし、空に向かって真っ直ぐに高くそびえる大聖堂が今も存在しています。
 
伊勢神宮は地震大国日本にあります。あの建物も、あの建物も、あの建物も地震で崩れた、建物は必ず崩れるんだ。ということで、絶対に崩れないであろう方法を考えて時間をかけて建てるよりかは、まあどうせすぐ崩れるんだろうし、でも大事な建物だから20年くらいで建て直せばいいくらいの作りにしておこうか。と極端にいうとこんな感じかも知れません。

 

その土地その土地に住んでいる人の考え方とか価値観は、その人が育った土地の歴史的背景、環境、風土が大きく影響している、ということです。

 

 

人間関係はこの違いを受け止められるか?にかかっている

 
ドイツがもし日本のように地震大国であったなら、数百年も掛けてひとつひとつ石を積み上げて建物を建てようなんてきっと思わなかったでしょう。日本に根付く宗教がもしキリスト教だったら、気候やそれに左右される食べ物が違っていたら、それぞれの国で生まれ育つ文化や価値観はまた違ったものになります。
 
考えてみれば当たり前の話です。
 
この話で得られる気づきは、その土地の環境や風土によって異なる文化や考え方や価値観が育てられていくということ。そうやってその土地で生きている人の「当たり前」ができていく。
 
その個々に持っている当たり前を、受け入れられなかったり信じられなかったりうらやんだりしちゃって、余計なことで怒りや悲しみやムダが生まれたり、理解ができないとわめいてぶつかりあったりするのです。

 

偶然だけどでも、生まれるべくして生まれたお互いの文化や価値観を、どう捉え、どう向き合うか?
お互いの違いを受けとめて、理解しようと努力することができたときにはじめて、人は歴史を学び、未来を考え始めようとします。そしてそこから、「今目の前の人とどう生きるか」が定まってくる。

 

ドイツと日本の、過去の建物への向き合い方の違いは、大きな話にも目の前の些細な人間関係にも当てはまります。何度聞いても良い気づきを得られるとても良い話。

 

 

まとめ

 
ドイツ人が石造りの教会を何百年もかけて建てようとした気持ち、気長さというか愚直さは正直言ってまったく理解できません。
 
ただ言えるのは、どんなに真面目で真剣でも、どんなにちゃらんぽらんでも、生まれるべくして生まれて、環境によって育まれた価値観を無意識に大切にしながら生きていて、誰かを傷つけたり喜ばせたりしながら、個々に持っている役目を果たしながら人はなんとか生きている、ということ。

 

結局、完璧な人間なんていないし正解なんて個々に違うんですよね。
だから、自分を信じて自分事で生きていくしかない。
まあ結論としては、「最後死ぬときに自分自身が後悔しないなら、それでええやないか」ですわ笑。

 

ちょっと話が逸れましたが、、、
たとえば「あの人の考え方がまったく理解できない」と思ったら、何かの切り口でその人が育った土地の歴史やその人自身の生い立ちを読み解いてみたりすると、ああまあそうだよね、そう言う背景があったんだ、となるかもしれません。

 

あなたの人生の文字盤が見つかることを願っています。
それでは!
 

ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ YouTubeチャンネル『シンプリィライフ』では、本を参考にしながら無意識の思い込みから自由になる方法をアニメーションで解説しています。本業は古本買取サービス「バリューブックス」のSEOマーケティング担当。