【映画】「清須会議」大泉洋演じる秀吉に教えてもらった歴史を学ぶ面白さ

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三谷幸喜さん脚本・監督の「清須会議」見ました。
自らが達成したいミッションを掲げる重要性と、歴史と学びに関する気づきについてメモメモ。

 

映画『清須会議』公式サイト

 

 

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超簡略化したストーリー

 
三谷さんの映画にしてはめちゃくちゃ真面目な内容。
要所要所で笑いはありましたが、ストーリーをしっかり抑えながら観たくなってしまいます。いつもの三谷映画は途中で席を外して内容が飛んだとしても、戻ってまた笑えるものばかりでしたが、今回のは途中を見逃すと分からなくなってしまう感じ。

 

清洲会議は、織田信長が本能寺の変で討たれた後の後継者と相続の問題を話し合う会議だったようです。そこに入り混じる様々な人の思惑や人間模様を描いた映画。いつの時代もドロドロとした人間関係が存在し、それが複雑な問題を生み出すのだなーと言うのが感想。

 

 

なぜ秀吉が勝てたのか?

 
清須会議で一人勝ちしたのは秀吉でした。
余談ですが秀吉役を演じた大泉洋は、なんかわからないけどどんな役をやってもぴったりハマる不思議な人ですねえ。
 
大泉洋演じる秀吉はありとあらゆる手を使って、自分が優位に立てるように動きます。
民衆から人気を得るために飲み会を開いたり、柴田勝家と手を組んでいた丹羽長秀をそそのかしたり、もう一人の重要人物である池田恒興をその気にさせたり、まだ子どもだった信長の孫を後継者に擁立したり、、、
 
本心ではないことを平気でやったり、嘘をついたりして、自分の優位性を獲得するために立ち振る舞うのです。
 
でも、柴田勝家の部下に切られそうになったときにこんなようなことを言ったのです。
「このままでは戦のない世の中になるのに100年遅れる。時代は変わる。戦のない世の中を作れるのはオレしかいない。それでも切るというなら切れ!」
(記憶が曖昧なので言葉は間違っているかもしれませんが、たしかこんな感じ)

 

なぜ秀吉が勝てたのか?運も知恵も人を引きつける力もあったのでしょうが、一番の決め手になったのは何か?
それは、ただ1人秀吉だけが「天下を治め、戦のない世の中を作る」という大きなミッションを持っていた、ということでしょう。
 
これは映画の清須会議だけの話で、秀吉が本当にそういうミッションを持っていたかは分かりませんが、世の中を変えるリーダーが持つ力として共通していると思います。

 

 

壮大なミッション達成のために捨てなければならない3つのこと

 
得るということは捨てるということ。
何かを得るためには何かを捨てなければいけません。

 

1.私心を捨てる

この時の秀吉は、他の誰よりも大きく「私心を捨てた」ものだったのです。
そのミッションのためにどんなことでもするという覚悟があった。それが達成できなければ死んでもいいという覚悟があったのです。

 

2.偏見や価値観を捨てる

人間は、持っている偏見や価値観を捨てることはなかなかできないと思います。
 
でもそれらを自らの行動の最優先事項には置かず、むしろ邪魔になるのであればかなぐり捨てて進んでいける人こそが、誰にもなし得ない壮大なミッションを達成できる人なのかもしれません。

 

3.万人に好かれたいという気持ちを捨てる

秀吉がやったことには賛否両論あるはずです。戦のない世の中を作るとか言って、気に入らないやつには攻め入っていただろ!とか、なんで朝鮮に攻め込む必要があったんだ?とかね。
 
思い通りにいかない現実と悪戦苦闘していたと捉えるか、結局は私利私欲のために「大義名分」を作っただけだと思うのか。過去の人の本心こそ、わからないものはありません。それは受け取った人の自由でしょう。
 
異論を唱える人、疑問を口に出す人は必ずいます。それは私利私欲を全開にしてあったり、ぶつかり合う目的を持っている人だったり様々。そりゃーこんなに色んな人が住んでいる地球ですから、みんな一緒だったらむしろ気持ち悪いでしょう。
 
ミッション達成のためには、万人から好かれることを捨てる勇気が必要です。

 

 

「清須会議」で分かった歴史の面白さ

 
映画「清須会議」を観て何より思ったことは、「歴史の面白さ」です。
実際、歴史上の人物の本当の本心までは誰も分かりません。だからこそ、色んな角度・視点からみた事実に対する解釈がある。みた人、感じた人、考えた人、考察した人、想像した人、そしてそれを聞いて捉えて受け止める人、、、それを考えると事実は無限にある。
 
秀吉の話だって、「日本から戦を無くす」という崇高なミッションのために邁進した偉大な人物と捉えるか、天下を我がものにして戦を無くすと唱えることで自分に有利を保ちたかっただけ、私利私欲のためだったと捉えるかは、人の自由です。
 
事実を知ることも捉え方から始まります。最初に感じた捉え方を正当化する事実を集めていってしまい、なかなかそこから抜け出すことができなくなります。

 

つまるところは、歴史の捉え方はその人の自由ということになってきます。
そこが面白いところです。そして、一番面白いのは捉え方次第で学びの量に雲泥の差が生まれるということ。

 

例えば、秀吉を否定する人はその歴史から受け取れる学びをシャットアウトするということになります。人は否定したものから何かを吸収しようとは思いません。だけど、秀吉を肯定した人は秀吉の生き様から学びます。歴史が与えてくれるポジティブなエネルギーだけを取り込めるのです。

 

 

コミットメント

人を好き嫌いやその時の気分・感情だけで切り捨ててしまうと、学ぶ機会が劇的に減ってしまいます。
 
本当にどうしようもなく嫌いな人や生理的に合わない人については仕方がない場合もありますが、歴史上の人物は実際に会うわけではないのでそういうことはないはず。
 
感情的にならずに、自分が掲げるミッションを時に冷静に意識しながら、過去を受け止めて現在の行動を決めていきたいものです。歴史を学ぶ面白さが三谷幸喜さんと大泉洋のおかげで少しわかりました。

 

この映画で三谷さんがどんなことを表現したかったのか分かりませんが、わたしは上記のようなコミットにつながりました。

 

 

 

あなたの人生の文字盤が見つかることを願っています。
それでは!
 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ 2016年3月に長年勤めた工作機械メーカーを退職し、「独立して生きていく」ことを目指して出発しました。 文章を書くこと、子どもと触れ合うことが大好きです。 「相手の望んでいることを120%理解し、自分にできうる最高のパフォーマスンスを発揮する」ができる人間になることが、2016/8〜3ヶ月の目標。 最終的には「人の中に眠っている力を発見し、引き出せるヤツ」になりたいと思っています。 よろしくお願いします! 好きなこと: 歌(カラオケ)/ブログ/読書/ノート/旅/キャンプ