【自分ブランド】「何になりたかったか?」ではなく「なぜなりたかったのか?」を思い出せ。

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子どもの頃頭の中に描いた「将来なりたいもの」に、大人になって本当になれた人って少ないような気がします。私はなれていません。
 
写真-25

 

私が小学校1年生の時になりたかったのは「医者」でした。
写真にあるように「病気の人をなおしてあげたい」と思っていたようです。

 

大学受験前になりたいものについて悩んだときに、親が当時のことを覚えていて、親がすすめてくれた医学部を目指すという途方もない道をチラ見しました。でもすぐにシャッターを閉めました。当時は、シャッターを閉めた瞬間にその可能性はゼロになるとは知らずに。

 

結局大学は入れるところに入ったのですが、それでも1人暮らし生活を楽しみ、良き友にも出会い、明るいキャンパスライフを謳歌しました。

 

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これまでの経験に後悔はありませんが、やはり今になって悩むのは「なりたい自分になれたのか?」または「なりたい自分になるための道を歩んでいるのか?」です。これに関しては、まったく自信がありません。

 

でも、ふと考えてみると、「なりたい自分」とはどんな自分なのだろうか?という疑問にさえ答えられない自分がいたりします。「医者になりたい」と願った自分の可能性にはシャッターを閉めてしまった自分は、いま何になりたいのか?

 

思い出すべき大切なことは「何になりたかったか?」ではなく「なぜなりたかったのか?」だと、最近思うのです。子どもの頃に「〇〇になりたい!」と願ったのは、ものすごく表面的な発言だったんだけど、本質的に大切な何かがその発言に至るまでのプロセスにはあるはず、と信じてみる。

 

あの頃の純粋な心から創出された望みの本質はなんだったのか?
何か大切なことを見落としてしまっているのではないかと考えてみるのです。

 

本当に大切なのは子どもの頃になりたいと願った職業ではなくて、「なんでなりたかったのか?」っていう「想い」の部分なんです。そこに子どもの頃から無意識に大切にしている価値観がある気がします。

 

私が「医者になって病気の人をなおしてあげたい」という想いは、「困っている人を助けてあげたい」「おかしいと思うところをより良くしたい」という願いが本質にあったのかもしれないな、とも思います。

 

迷いを振り切って、自分らしい自分を見つけるために、何になりたかったか?ではなく、なぜなりたかったのか?を振り返ってみる。そこから、シャッターの中に閉じ込められた自分を解放し、これから先に「なりたい自分」を思い描いてみようと思います。

 

あなたの人生の文字盤が見つかることを願っています。
それでは!
 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ 現在、長野県東御市というところに住んでいます。 東御市は青空がキレイなところで、とてもいいところです。 毎朝欠かさずにバターコーヒーを飲んでいます。 みなさんにも飲んでもらいたくて、毎週水曜日、上田市にあるNABOで淹れております。よかったらどうぞ^ ^