【子育て】「アメリカインディアンの教え」から学ぶ子育てに必要な親としての心構え

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何の気なしにBOOKOFFで買ったこの本。衝撃的な出会いとなりました。
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アマゾンで売ってるのは、BOOKOFFで手に入れたものとはちょっと違う。

 
時間がない中で、たまたま目に入った面白そうな本を手に取ってそのまま買ったので、中身を確認しませんでした。インディアンの考え方みたいなものに興味があったので。子育ての本だとは思わず開いてみたら、子どもを育てるために大切なことがギッシリ詰まっていました。
 
ということはつまり、親として人間として、知っておいたほうがよい大切なことが書いてある、ということです。

 

生きていくうちに、知らず知らずのうちに偏見や先入観がべっとりと身体中にこびり付いてしまいます。大人になるとは「考えが偏ること」というのがわかってくると、大人になった自分にたまに嫌悪を感じてしまう今日この頃。
 
これがわかると、今現時点の私の中での「生きるとは?」は、これまで生きてきた途中でベトベトとこびりついた偏見や先入観を削ぎ落しながら、自分という人間を知っていく、ということに集約されていくのです。
 
客観的に自分を捉え、考えながら物事をシンプルに捉えていく作業が、未熟な今の私が思う「生きる」ということになります。

 

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それでは、この本を読んで衝撃的だったことを紹介します。
「無意識の自分」に気づかずに子どもと接することで、知らず知らずのうちに子どもの可能性を抑えつけたり傷つけたりしているということがあるようです。

 

ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります。
If a child lives with shame, He learns to feel guilty.

 
この章にはまずこんなことが書いてあります。

 

無意識が与える影響

よく言われるように、子どもに影響を与えるのは、親の意識ではなく無意識です。いくら表面を立派にとりつくろったところで、親の無意識にある憎しみや敵意や陰湿な嫉妬、それに家のなかにかくされている対立や葛藤、それらの影響を子どもはもろに受けてしまうのです。

 

 

前述したように、親は知らないうちに子どもに影響を与えている、ということ。この前提で、ちょっと長いですが白雪姫の物語を分析して得られる教訓についてかいつまみながら引用します。

 

有名な白雪姫にも、悩める継母が登場します。彼女の悩みはただただ「世界で一番美しくありたい」ということです。
自分が世界で一番美しくありたいので、白雪姫が美人であることが許せません。それで白雪姫を傷つけて自分が一番になりたいのです。もし白雪姫が彼女より美しければ、彼女は生きていけません。心の中の何らかの葛藤を、自分が一番美しいとすることで解決をしようとしているのです。だからあれほど一番美しいということにこだわるのです。

 

白雪姫より美しくない自分には生きている価値がない、とまで自己蔑視しているのです。白雪姫と自分とを、対立して考えているところに、彼女の問題があります。白雪姫の美しさは、決して彼女の価値を下げるものではないはずです。若い女性の美しさと、年をとった女性の美しさとは違うものです。彼女は自分の価値に気がついていません。してみると、物語を貫く彼女の競争は、必要のない無意味なものでしかありません。

 

彼女がもし、白雪姫を手元において育てたならばどうでしょう。白雪姫は美しいことに罪悪感を覚えるようになるはずです。自分が他人より美しいことが、何か悪いことのように感じ、心の底では美しくなりたいと願いながら、どこかしら言い訳をしていなければいられなくなるでしょう。これでは白雪姫の無垢な美しさは半減するしかありません。

 

 

親の勝手な思い込みで生きる意味になってしまっている「自分の価値」に執着することが、どれほど大きな影響を子どもに与えるか、という話です。もし子どもの成功を通じて世間を見返してやりたいと思う父親がいたとすると、その父親は子どもが成功へと歩んでいく過程で心の底では子どもの成功を不快に思ってしまうわけです。
 
どうも、自分が成功できなかったから、成功する人を妬んでいるから、子どもを通じて世間を見返してやりたいって無意識に思うようなのです。
 
これがまさに継母と白雪姫の葛藤そのものだ、ということです。以下引用。

 

父親は子どもの成功を喜びながら、秘かにその成功を破壊したいと願いはじめます。現実に成功しはじめた子どもに敵意を持ちだすのです。しかし立場上は、自分の子どもを妬んでいるとは認められませんので嫉妬はおさえつけられます。

 

嫉妬がおさえつけられると、父親は今度は息子のあら探しを始めます。例えば「お前は虚栄心が強い」と非難したりします。非難はすべておさえつけられた自分の嫉妬の投影ですが、父親はもちろん気づきはしません。子どもはこうして成功することに罪悪感を覚えていくのです。

 

 

父親なら誰しも、自分はそんなことないって思うんだと思います。だって子どもを愛しているから。その愛しているという気持ちには絶対にウソはないのだけれど、でもこれは、自分の無意識の部分に刻み付けられた思考の問題ですから、自分自身を客観的にみて、細心の注意しないと「私はそんなことはない」と断言できないことです。

 

 

こういう視点で考えたことはなかったので、個人的には衝撃的な話でした。
ねたみを受けて育った子どもは、自分の成功に罪悪感を感じてしまう。つまり「にせの罪悪感」を作り出して、それが子どもがやりたいことをやること、たどり着きたい場所へ行くこと、を阻んでしまうのだから、親は深く深く、自分を見つめ返さなければならないのです。

 
アメリカインディアンの教えシリーズ、たくさん出てますねー。
読みたい本リストに追加。
 

 

 

 

あなたの人生の文字盤が見つかることを願っています。
それでは。
 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ 2016年3月に長年勤めた工作機械メーカーを退職し、「独立して生きていく」ことを目指して出発しました。 文章を書くこと、子どもと触れ合うことが大好きです。 「相手の望んでいることを120%理解し、自分にできうる最高のパフォーマスンスを発揮する」ができる人間になることが、2016/8〜3ヶ月の目標。 最終的には「人の中に眠っている力を発見し、引き出せるヤツ」になりたいと思っています。 よろしくお願いします! 好きなこと: 歌(カラオケ)/ブログ/読書/ノート/旅/キャンプ