なぜぼくはバリューブックスで働くのか?

 

これまでいろんなところで働いて、いま、バリューブックスという会社で働いています。

別に幸せアピールしたいわけではないのだけれど、気持ちよく目覚めて、今日もいい1日にするためにどうやってやるべき仕事をしようか?と前向きなスタートを切れる毎朝は、控えめに言おうとしても「幸せだな」という言葉になってしまいます。笑

ここにはやりたいことややるべきことがある、と思えるし、これからも続けていきたいと思う。

そしてこれは、いままでになかった感覚だな、と思う。

ふと立ち止まり、

「これまでの経験の中にはなかったけれど、いまあるものはなんなのか?」

と考えてみました。

まずはぼくの身の上話から。笑

 

はじめて会社に就職しました

2002年4月。

信州大学繊維学部を卒業し、東京日本橋に本社をかまえる「帝国繊維」という消防用機器を製造・輸入して販売する会社で働きはじめた。

なぜその会社で働きはじめたのかというと、実家が東京だったから、大学から推薦がもらえて面接を受けに行って採用してもらえたから、という理由でしかない。

もう少し踏み込んで言うと「大学を卒業したらお金を稼いで自分ひとりの力で生活していかなければいけない」と思っていたし、経済的に親のお世話になったり実家のお世話になるのは恥ずかしいことだと思いこんでいたからだ。

起業するという選択肢も頭をかすめたけれど、具体的なアイデアもなかったし、そんなことはいまの自分には無理だろう、とフタをした。

何かやりたいことがあったわけでもなく、それについて深く考えるでもなく、自分の中にある常識と偏見と不安の少ない選択肢に心と体をあずけて、とりあえず働きはじめました。

 

はじめて会社を辞めました

2005年3月。

約3年働いて、人生初の「退職」を経験した。

そのときの理由は、「子どもができて、東京で育てたくはないから」だった。

本当はそんな理由ではなかったのだと、いま振り返ってみるとよくわかります。

 

会社を辞めて移住してまた会社で働きはじめました

2005年6月。

引っ越してから無職の2ヶ月を過ごし、長野県の御代田というところにある「シチズンマシナリー」という会社で働きはじめた。

小型自動旋盤と呼ばれる工作機械を製造・販売する会社だ。

ツールをセッティングし、プログラムを入力することで、ボタンひとつでスマホやら自動車やらに使われる金属の部品がポコポコと自動で生産される機械を作っている。

その仕事は、純粋に面白そうだなと思った。

けれど、住居をかまえた上田市から車で約1時間の距離にあるその会社に入社した一番の理由は、最初の就職と同じく「生活費」だった。

それに加えて今回は「自分はそれなりの会社で働いている」ということを周囲の人にアピールしたい、という気持ちもあった。

面接のとき、東京で働いていたときの実績や経験を過大に雄弁に語り、自分はこの会社で貢献できる自信があるということをがんばって伝えていた。

半面、自分はそもそもこの会社の仕事についてよくわかっていないし、どうしてもやりたいわけではない、ということも正直に伝えた。

そのときの社長や役員や人事担当者は寛大な方で、そんなぼくのことを採用してくれました。

 

もう1度、会社を辞めました

2016年3月。

約11年働いて、人生2度目の「退職」を経験した。

そのときの理由は「独立起業して、自分の力で生きていく」ということだった。

本当は、「ウソで塗り固められた自分を置き去りにしてどこかに逃げ出さなければ壊れてしまう」と感じたからだった、というのが振り返ってみるとよくわかります。

 

会社を辞めて3ヶ月は泣きそうでした

2016年6月。

独立起業して自分の力で生きていくんだ!と息巻いて空回りしていたぼくは、早くも力尽き、焦り、窮地に立っていた。

何をしてもうまくいかず、どうすればいいのかもよくわからず、具体的な行動を起こすこともできず。

「独立すると言った手前」「成功への道を歩んでいるところを見せたい」というエゴと、「お金を稼がなければもうどうしようもない」という現実のはざまで、毎日毎日泣きそうになりながら生活していたときのことを思い出すと懐かしい。

そんな時期に、こんなどうしようもないぼくにアドバイスをし続けてくれた人が「アルバイトだって立派な仕事だ」と言ってくれた。

当時のぼくは勇気を振り絞って、以前に知り合っていたバリューブックスの社長や取締役に連絡を取り「何か仕事ないですか?」と話をしにいった。

「どんな仕事でもやろう」という気持ちでした。

 

バリューブックスで働きはじめました

2016年7月。

インターネットを介して古本をリユースするバリューブックスという会社でアルバイトをさせてもらえることになった。

バリューブックスは、古本を買い取り、インターネット上の店舗に出品し、注文が来たら梱包して発送する、というシンプルな仕事を大規模にやっている会社だった。

ぼくは倉庫で、お客様から送られてきた古本を査定し、出品し、注文が来た本を在庫棚から探して梱包して、トラックに積まれた本が運ばれていくのを見送る、という一連の作業をしばらく続けた。

その後は、コーポレートサイトのブログを書かせてもらったり、お客様へのメルマガを書かせてもらったり、古本を仕入れる部署で仕事をさせてもらったり、また倉庫で仕事をしたりして、倉庫の運営のこととか、日々起きる問題の解決や、働きやすい職場ってなんだろうかとか、、、

もはや自分の役割がなんなのか一言で説明することができないのだけれど、いまは本を循環させるために必要なこと、その中で自分にできることをやっている。

そしてこれからも、バリューブックスで仕事をしたいと思っているし、どんな形でもいいからバリューブックスがしている仕事に関わり続けたいと思っていたりもする。

こんなに幸運なことはないなと思います。

 

これまでにはなかったけれど、いまはあるもの

と、ここまでぼくのどうしようもない身の上話に付き合っていただいてありがとうございました!笑

ここからが本題です。

ぼくはこれまで、「できるなら、この会社、この仕事に関わり続けていたい」なんて思ったことはありませんでした。

じゃあ、これまでにはなくて、いま目の前にあるものは何なのか?

この16年、働くというテーマを通じてわかったことを言葉にできたら、これを読んでくださっている皆さんのお役に少しだけ立てるかもしれません。

 

1.人生のハンドルを自分で握っている

どこの組織で働こうと、どんな仕事をしようと、動機がなんであろうと、絶対に変わらない事実があります。

それは、

「自分でそれを選択している」

ということ。

誰もそれを強要していないし、強制できるものでもありません。

いまやっていることは、自らの意思と選択によるものです。

でも、組織の中に入ってしばらく経つと、自分で選択しているという事実を忘れてしまいがちです。

それはその組織の雰囲気的なものや、周りの人や社会からの要求、自分の中にある不安などなど、事実を忘れさせようとする圧力があるからかもしれません。

文句や愚痴を言いたくなったり、うまくいかないことで人に当たったりしたくもなる。

失敗が怖くなって何もしたくなくなることだって、あると思います。

でも原点は変わらず「自分による選択」です。

自ら選んでそこにいて、その仕事をしています。

だからと言って、苦しむべきだとか、だまって頑張るべきだと言っているわけではありません。

何とかしたいなら頑張ればいいし、どうしようもなく嫌なら辞めればいいし、やりたいことがあれば誰かに協力を求めたっていいし、主張があれば言いたい相手に直接意見を言えばいい。

「これからどうするか?」は、いつでも自分で決めて行動することができるし、いまだって誰もがそうしているハズ。

自分がそこにいる理由や目的を思い出し掘り下げ、その会社の目的や働きつづけるために必要な条件と照らし合わせて、自ら選択することができる。

以前は意識すらできなかったことですが、いまは常に自覚的であろうとしています。

だから、文句も愚痴も出てきません。

 

2.全体を感じている

以前は、自分の組織の中で何がどうつながっていて、いま自分はどの部分の仕事をしていて、何のためにやっているのか、よくわからなかったし、自分で考えようともしませんでした。

でも、人から説明を求められることもあったので、ある程度は頭で理解して、それらしいことを説明できるようにはしていました。

頭で理解できることと、心からわかることと、全然違います。

バリューブックスがしている仕事は、ひとつひとつは複雑かもしれないけれど、全体としてやっていることはシンプルで、ぼくの解釈は、

「誰かにとって不要になった本を、必要としている人に届ける仕事」

です。

解釈は人それぞれ違うかもしれません。

でもこれはまったく外れている解釈ではないと思っていて、そしてこの仕事は、頭だけではなく心から理解できる仕事です。

そして事実として、世界にこの仕事を必要としている人がいるからこそ、バリューブックスの事業は10年以上続いています。

さらにその仕事の先には「本をよりよい形で循環させること」から「本を通じて人を元気にすること」や「本を通じて人と出会ったり、より良い関係を育むこと」があったりするかもしれません。

自分がいる組織がしている仕事、その必要性、目的と意味、その先にある広がり。

全体として行っていること、その先とのつながりが、頭から心へと流れてきて、意識したり、違っていれば修正されたり、それを素直に受け入れてさらに理解を深めようとしたり。

全体を感じている、感じようとしていることは、これまでになかったけれど、いまはあることです。

 

3.相談できる仲間がいる

まず、誤解がないように書いておきます。

以前働いていた会社にも悩み事を相談できる仲間はいました。

けれど、自分をさらけ出せるレベルは違っていた、というような意味です。

以前は「仕事における大野晃義」と「家庭における大野晃義」が分かれていました。

それどころか、子どもとしての、兄としての、夫としての、父親としての、中学・高校・大学時代の友人としての、職場の先輩・後輩としての、社会人としての、知り合いとしての、初対面の人としての、サービスを提供する側としての、お客さんとしての、、、

あー!書きはじめたらキリがない!ってくらい、いろんな自分がいました。

でも、バリューブックスには「ただの大野晃義」でいられる、そんな雰囲気があります。

それは「自分」と「俗にいう社会」との境目を、様々な思いで歩き、様々な経験を積んできた人たちが割とたくさんいるからだとぼくは考えています。

ありがたいことに、一般的には恥ずかしいことだったり、常識はずれだったり、この歳になって知らないことも、素直に話せる仲間がいます。

だから、自分のままでいることがそんなに苦しくないのかもしれません。

「恥ずかしいことも、楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、全部いいんだ」

こんな自分のままでいてもいい、と思えるのは、受け入れて相談に乗ってくれる仲間がいるからです。

ぼくみたいな人間にとっては、自分のままで生きるために大きな勇気が必要な場所が、とても多いのです。

でも、受け入れて相談に乗ってくれる人がいる場所では、勇気はそんなに必要ありません。

まだ少し不自然なときもありますが(笑)、いつも「そのまんま大野晃義」でいられることが、これまでになくて、いまはあることです。

 

なぜぼくはバリューブックスで働くのか?

それは、

●人生のハンドルを自分で握っている

●全体を感じている

●相談できる仲間がいる

からです。

だから、朝気持ちよく目覚めることができるし、今日をいい1日にしたいと思えます。

必要だと思うことで自分にできることを見つけたら、勇気を持って行動しようと思えます。

 

まとめ

もうひとつ、誤解がないように書いておきます。

以前働いていた2つの会社と、いまいる会社を比較したいのではありません。

以前働いていた会社は業績も良く、長い間続いています。

続いているということは世界から必要とされている仕事をしているということで、意味も意義も持っている。

ただそのときのぼくには、自分の選択を自覚して取り組む力がなく、全体とつながろうとするには難解な事業で、そのままの自分でいることができない時期だった。

組織の中で働くことは苦しいことだと思ったこともあるけれど、それはすべて自分自身の問題だったと最近わかりました。

朝気持ちよく目覚めて良い1日をスタートさせるためには、自分の選択を自覚して、全体とつながろうとして、なんでも仲間に相談することです。

いま所属している組織、そこでしている仕事、そこで関わる人との関係性で、悩んだり苦しくなったりすることもあると思います。

でも、雲の向こうにはいつも必ず青空がある。

ぼくの経験が「毎日感じるモヤモヤを何とかしたい!」とがんばっている方の参考になれば、幸いです^ ^

それではー!

ABOUTこの記事をかいた人

1980.1.1 東京生まれ YouTubeチャンネル『シンプリィライフ』では、本を参考にしながら無意識の思い込みから自由になる方法をアニメーションで解説しています。本業は古本買取サービス「バリューブックス」のSEOマーケティング担当。